どうしてこんなことになったんだろう。

いつも通り朝起きて高校行って遊んで帰って夕方に買い物行かされて、あ、もしかして買い物行く前にちょっと面倒くさいって思ったから?それにしちゃあ罰が重すぎやしませんか神様。

何も、こんな化け物をけしかけなくたっていいじゃないですか。

「な、何だってんだよ…!」

今結構命の危機に出くわしている小西一矢、つまり俺は、信じてもいない神様に対して必死に抗議をしていた。

(だって!SFにしかいないような化け物が急に現れたんだもん!)

住宅街を歩いていた俺の目の前に、真っ黒でひしゃげた体に羽を生やした化け物がいる。目がどこについてるかも確認出来ないけど、微かに開かれた口からはギザギザに尖った歯が覗いていた。体には毛が無いしツルツルしていて、正直気持ち悪い。羽だって昆虫のに似ているから羽音が不気味で寒気がするしで、こんな生き物がいきなり空間を割って現れたら動き止まっちゃうだろうが。しかもこんな時に限って周りには誰もいないし。必然的に俺が狙われるじゃん!

「ヤバいって…!」

だらりと垂らした手(らしき部位)から、研いできたとしか思えない爪が出てきた瞬間、俺は逃げ出した。走りながら少し後ろを振り向くと、化け物は

「キィィィィィィ!!!」

奇声を上げ、飛んで追いかけて来た。しかも、顔に目が現れてやがる。

「ちょっ…早いなちくしょう!」

「キィィィ!」

「うわぁ!?」

化け物が飛びながら大仰に爪を俺に向かって振ると、その風圧だか衝撃波だかが足元にあたる。耳につく大きい音と共に、砂ぼこりの巻き上がる地面には鋭い爪痕がついていた。

「そんな攻撃卑怯だろ!!」

走る俺と空飛ぶ化け物との距離がぐんぐん縮まっていくことに焦ったのもあり、足が縺れて転んでしまった。おもいっきりこけたから、手から買い物袋が離れてしまう。宙に放たれた袋は、そのまま地面に叩きつけられて野菜やバターが散らばった。

「っくそ…!」

慌てて起き上がろうと顔を上げたら、今まで後ろにいた化け物が目の前で羽を広げていた。真っ黒な闇に血走った赤い目玉が俺をしっかり捉えている。

「ヒ、ッ…!」

ひきつった声が漏れた。それと同時に、化け物は俺に刃物のような爪を向け、振り下ろした。

(もう、無理だ…!)

反射的に目を瞑って、未練タラタラなまま死ぬことを覚悟した。

「ずいぶん好き勝手にしたわね」

突如、空から静かな女性の声が場違いなまでにのんびりと通る。次いで聞こえた、軽く地面に響いた音に目を開けば、化け物と俺の間に一人、黒髪をサラリと揺らした女性が立っていた。あの化け物の爪をどうやって防いでいるのかは分からないけど、彼女はそこにいた。

「…買い物をしていただけなのに、可哀想に」

ポツリと呟いた彼女は、微かに顔を動かし視線だけ俺に向けて

「ごめんなさいね、」

申し訳なさそうに、小さな謝罪をした。
その表情と声があまりに悲しげで、どうしてあなたが謝るんですか、とか、いろいろ言いたかったけど、頭がぐちゃぐちゃでただ首を横に振ることしか出来なかった。

「優しいのね。…少し待ってちょうだい。すぐ、倒すから」

彼女はそれだけ言うと、化け物にもう一度向き直り勢いよく化け物の手を弾いた。その瞬間、ようやく彼女が何で化け物の動きを防いでいたのかが分かった。

淡い菫色の柄に真っ黒な鞘の、日本刀。

一見しただけで高価な品だと判るソレに手をかけ、彼女はスラリと鞘から刀身を抜く。弾かれた化け物は言葉にならない声を発しながらグンと宙に飛んだ。彼女は静かに化け物を見つめ、それから柄を右手で握り若干腰を低くして構えると、精神統一するみたいに一息吸って、吐き出したと同時に強く地を蹴り跳ぶ。ジャンプの域を越えているジャンプをした彼女は、爪を構えていた化け物より微妙に高い位置まで行き

「…さようなら」

化け物の頭から丁度真っ二つに体を斬り棄てた。

だが

「後ろ!!」

「!?」

「ギィィイィィィィィ!!」

彼女の背後から、今しがた斬った化け物と変わらない見た目のヤツが、空中で身動きの限られている彼女に爪を振りかざしていた。

「っ、」

彼女が息を飲み、体を捻り急いで刀を化け物に向けた。だがどう見ても間に合わない。何も出来ない俺は、ただ叫んだ。

「やめろ!!!」

声が響いた瞬間、俺の手首が光り、彼女の前に靄のようなモノが生まれた。化け物の爪が靄に当たると、その爪は靄から先に進まず、彼女も驚いたのか目を見開いていた。
しかし、靄は3秒程度で薄れていき、結局弱くなったその靄ごと彼女が化け物を斬り棄てて終わる。斬られた箇所から、化け物はパズルのピースが崩れるように、不気味だったヤツの体は塵の如く空に消えていく。俺の手首から輝きも弱くなり、ふと学ランの袖を捲ると、小さい頃から着けていたビーズのブレスレットが淡く輝き、そしてまたいつも通りのブレスレットに戻っていた。

ふわりとスカートを翻して地に降り立った彼女は、静かに振り向いた。

「…」

真っ黒な髪を腰辺りまで伸ばしており、それは夜を引き寄せるカーテンのように見える。タレ目の瞳は何を考えているのか読みとれないもので、キュッと一の字に結ばれた唇は形がよく、口元のほくろがほんのり色気を匂わせた。手足はスラリと伸び、今まで刀を握っていた人とは思えないほど女性らしい体つきで。黒いセーラー服に身を包まれている彼女は、妖しげな雰囲気を醸し出していた。

「…大丈夫?」

「だ、大丈夫ッス!」

鈴の鳴る声が話しかけ、白魚のような指が俺の頬に触れた。瞬間、ピリッと痛みが走る。

「っ痛…」

「…ほっぺた、怪我してる」

「えっ…、あ、いや!大丈夫なんで!」

彼女は恥ずかしさがないのか、顔を頬に寄せて傷口を見つめた。あまりに見つめられ、むしろ視線が刺さりすぎて痛いし恥ずかしい。きっと俺今顔赤いだろうな。

「うわぁ、野菜が転がってる!」

「本当だ、気をつけて」

前方から小鳥の囀りに似た可愛らしい声と、耳に心地良い柔らかいテノールの声が聞こえた。

「…与々、睦」

彼女が頬から視線を外し、声のする方向へ振り向く。つられて俺も前を見上げると、ふわふわと柔らかそうな桃色の髪をした制服姿の女子に、深い藍色の髪をしてブレザーをきちんと着こなしている爽やかイケメン系の男子が立っていた。

「ん?薔薇子…その子は?」

イケメン系男子が、俺を見つめて不思議そうに首を傾げる。

「彼も能力者よ。…たった今目覚めた、ね」

彼女…薔薇子と呼ばれた女性は、俺を見てそう告げた。すると二人は興味津々と言いたげな顔で俺を見る。

俺はなんだか、大変なことになったようだ。



出会い、始まる


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