優しい人の眼から、世界はどのように映っているのだろう


僕からすれば、この世界はとても陳腐で可笑しな、下らない風景でしかない。馬鹿で下等な“人間”が、埃だらけで蜘蛛の巣が張った脳ミソを一生懸命働かせて造り上げた、くっだらない世界。

『そんなこと、ないやんね』

楽しげな声が思い浮かぶ。
そうだ、彼女は、世界を好んでいた。

“人間”を、好きだった。

なら、彼女から世界はどう見えたんだろう?キラキラと輝いて見えたのか。夢のように、楽しいことしか見えなかったのだろうか。

『確かに世界は残酷で不平等で、汚いこともある。だけど、だからこそ生き物は、人間は綺麗になろうとするんよ。何百年もひたすらに、ね。そういう想いは世界を包んで、残酷な中で唯一の希望になるんよ』

いつもと変わらない笑顔で、しかしその瞳に柔らかくて暖かい、慈しみの光を浮かべて、彼女は話していた。


彼女は世界が残酷だと知っていた。

人間がちっぽけで何の力も無いと解っていた。

それでも彼女は世界を受け入れた。

それでも彼女は人間を好きであり続けた。


僕はそんな彼女を見て、何故だか胸が熱くなったのを思い出した。目の奥がつん、として瞼を閉じる。

「―…黄名子、」

彼女の名を呼ぶ。ふわりと心が軽くなった気がした。

(今この眼を開いたら、世界は変わっているだろうか)

(彼女が見ていた世界を、知ることができるだろうか)


今僕はゆっくりと、眼を開く。



世界が呼吸をし始めた



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