ある日突然空から降ってきた少年が、今は戦乱の世でその名を轟かせた武田信玄が率いる武田軍に居た。

少年の名は雨宮太陽といい、少年が言うに彼は未来からやって来たとの事。彼は戦乱の世など遠に過ぎた、平成という世に生きていた。そのせいか始めはひどく戸惑っていたが、突然やって来て(彼等からすれば)おかしなことを言い出す自分を快く保護してくれる武田信玄の懐の広さ、弟のように可愛がってくれる真田幸村、小まめに面倒を見てくれる猿飛佐助。その他たくさんの仲間の優しさに触れて、緊張は安らぎへと変わっていった。

「あーめみーやくんっ」

そんなある日、猿飛が雨宮にあてられた部屋に入る。彼は身体が弱かったので、毎朝確認の目的で彼の部屋には誰かしらがやって来ていた。その日はたまたま猿飛だった。
猿飛が部屋に入ると、雨宮が寝ている布団が盛り上がっている。まだ寝ているのかな、などと思いながら近づくと、微かに

「っ…、う…」

呻き声が聞こえた。

(まさか大事が起きたんじゃないの?)

猿飛は瞬時に

「雨宮君!?」

彼の布団を捲ると、雨宮は胸元で手を握りしめて泣いていた。布団を捲られて驚いた雨宮は、泣いている顔で一度猿飛を見てからすぐに身体ごと逸らす。

「だい、じょうぶです」

「雨宮君…?」

「だいじょうぶ、ですから」

顔を手で隠したまま、か細い声を出した。時々しゃっくりあげている彼に、猿飛は驚く。今までずっと笑っていたのに。でも、なんとなく思い当たる節もある。

「…元の世界に帰りたい?」

雨宮の背中を撫でながら、静かに尋ねてみる。彼の身体が一瞬反応した。

(あぁ、やっぱり)

「やっぱり、元の方がいいよね」

背中を撫でて、彼が落ち着けるようにと気遣う。小さな身体は震えていた。

「今が、嫌ではないんです。ただ…怖いんです」

「怖い?」

雨宮の言葉を繰り返すと、彼は小さく頷いた。頷いて、ポロポロと涙をこぼしている。ポロポロポロポロ。まるで水晶球のような雫が、彼の白い肌を滑り落ち布団を濡らした。

「無性に、怖くなるんです…僕はどうなるんだろう、こっちで死んだら向こうの世界の人はどう思うか、そんなことを考えては怖くなる…」

震える肩を抱き、必死に震えを抑えようとする彼の姿は、見ていてとても痛ましく、可哀想で、弱かった。
けれど、愛しさのようなとても不思議な感情が猿飛を襲い込む。

「…雨宮君、」

彼の柔らかな髪に手を通す。サラリと流れる橙色の髪は本当に綺麗で、ずっと触っていたくなるものだ。

「怖いよね、いきなり世界が変わったら。…気づくのが遅れて、ごめんね」

猿飛の言葉を聞くと、雨宮はゆっくりと振り向いた。蒼い瞳からは涙が流れている。泣いている雨宮に小さく微笑んで、額にかかっている長めの前髪を避けるように撫でた。すると

「っう…」

雨宮はぶわりと涙を溢れさせ、猿飛の腰にすがりついて泣いた。さっきよりもずっと子どもらしく、声を殺すことも忘れてただただ泣いた。その背中を優しく撫で、この可哀想で愛しい子どもを救うには、一体どうすればいいかを思う。

とりあえず今は、また笑ってもらう為に精一杯泣いてほしい。



泣いてください、貴方の為に



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