土曜日の休日。相も変わらずサッカーに打ち込んでいた剣城京介は、いつものように皆と練習に励んでいた。いつもと変わらない日常。そんな中、一本の連絡が入った。

「つ、剣城君!」

普段は冷静な音無が慌てたように校舎から走ってきた。
驚いてそちらを向くと、やっと剣城の元までたどり着いた彼女は苦しそうに息を乱しながら、それでも剣城をまっすぐに見つめて

「剣城君、貴方は、早く病院に、」

途切れ途切れに、はっきりとした言葉で告げる。病院、という単語を聞いて、思い当たる節はたった一つしか彼にはなかった。恐らく、絶対に。

「兄さんに何かあったんですか!?」

「わ、からない・・・でも、病院の先生が、早く来てくれって仰っていたわ」

音無の返答を聞くや否や剣城は弾き出されたように走り出す。そんな彼を誰も引き留めなかった。暫くグラウンドに立っている者全員が、彼の後ろ姿を見つめた。

「兄さん・・・っ!」

急いで着替えて、いつもの道を全力疾走する。周りがぎょっとした目で見るが、今の彼にはそんなことはどうでもいいことであり、知りえないことだった。彼の思考は、病室で静かに微笑む自分の兄で占められていたのだから。
道中何度か事故に遭いかけたが何とか無傷で病院に到着すると、流れる汗も乱れる息にも構わずにそのまま足を進める。

「すいません。剣城優一の弟で、先程先生に呼ばれたのですが」

そう告げると、受付の看護師は驚いたように目を丸くし、慌てた様子で立ち上がった。

「こちらです」

看護師はいろんな患者が通る廊下をパタパタと言わせながら、小走りで案内をする。そんな様子に、更に不安が募る。
そして、向かった診察室のドアを数回ノックし

「剣城優一さんの、ご家族が来られました」

「入ってもらってください」

「はい。・・・では、どうぞ」

静かに開かれた扉の向こうでは、難しい問題に直面した顔で椅子に座っている医師と、いつも兄に付き添ってくれている看護師が複雑な表情で立っていた。ただならぬ部屋の雰囲気に、思わず唾を飲み込む。
ところで、当の兄の姿がない。キョロキョロと部屋を見渡したら

「お兄さんには、病室に戻ってもらっています」

医師が言い、彼の目の前に置いてある丸椅子に腰かけるよう促された。大人しくそれに従い椅子に座ると、医師は重々しい唇を開いて話し始める。

「突然の呼び出し、申し訳ありませんでした」

「いえ・・・それより、一体どうしたんですか?」

「・・・・・優一さんの身体に、異常が起きました」

その言葉に、頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。異常だと?今頃になって、どうして?

「異常というのは、どれくらいの?リハビリ中、何かあったんですか?」

怒鳴りつけそうになるのを抑えながら尋ねると、医師は「あぁ、いえ。違います」と言った。

「足に異常がでたのではありません。別の場所に、怪我とは関係のない・・・と、思われる異常が出たのです」

「・・・は?」

言っている意味がよく分からない。どういうことだ。足の怪我とは関係ないのに異常だと?

「落ち着いて、聞いてくださいね。・・・・優一さんの心臓に異常が起きています」

「・・・・・・え、」

「詳しくはまだ調べておりますが、まだしっかりと確認出来た訳ではないんですけど・・・おそらくは全身に及ぶでしょう」

「どういうことですか!?」

椅子から立ち上がり、医師を見下ろす。彼も困った表情を浮かべていた。力を籠めすぎて、握りしめた剣城の手が震えている。

「異常って一体なんなんですか!?」

「話を聞いてください。ここで終わりではありません」

看護師が、後ろからそっと肩に手を置いた。心配している不安げに揺れるその目につられ、剣城は力なくもう一度椅子に座る。

「今回優一さんの心臓、そして左目に見えるものは今までに前例の無いものなのです」

そう言って、医師はレントゲン写真をボードに射しこんで心臓の部分を指した。

「こちらが優一さんの心臓部のレントゲン。ここ、見えますか?」

医師が指さした場所をじっくり見てみると、ちょうど心臓あたりに何かの影が見える。その影は、剣城の想像を超えていた。それは彼も見たことのあるものだった。

「この心臓部から草が生えているんです」

「な…っ!?」

優一の心臓から、草のようなものが生えていた。それは彼の心臓に寄生しているようだった。

「そして優一さんの左目にも草が絡みついています」

なんと、優一の左目まで草が伸びていた。しかも、どうやら種から芽吹いたタイプらしい。心臓の種から発芽した草が眼球を覆わんばかりに伸びている。
剣城は震えた。何が起きているのか、全く理解できなかった。

なぜ、兄さんの身体で草木が芽吹いているのか。そもそもこの種はどこから入り込んだのか。なぜ成長を続けているのか。全てが理解の範疇を超えていた。

「優一さんはここ数日左目の痛みを訴えていました。恐らく、これが原因でしょう・・・」

「・・・なんで、こんなことに・・・」

「・・・・わかりません。非常に無責任な言い方になりますが、これは我々にとっても初めてのことです」

医師を責めることなど、出来るはずもなかった。当たり前だ。こんなこと、度々起こられたら堪ったモノじゃない。分かっている。解ってはいるのだ。それでも、認めたくない。

「今は麻酔をかけて、眠ってもらっています。検査中も痛そうにしておりましたし、何より・・・どう伝えたらいいのか、分からなかったものですから」

「・・・・治るんでしょうか。これ・・・」

「難しいところです。眼球を摘出すれば何とかなるかもしれませんが、莫大な資金がかかると共に、本人の容体が心配です」

「・・・・・・」

ならば、一体どうすればいいのだろう。何も出来ないじゃないか。
剣城はもう一度レントゲンに視線を移す。見間違えることなく、しっかりと移っているソレを毟り取ってやりたい感情が沸き起こる。こんなものが、なんで兄さんの身体に入り込んでいるんだ。

「今は、手探りで調べるしかありませんので、また後程ご両親も交えて相談させていただきたいのですが、構いませんか?」

医師の言葉には、頷くしか出来なかった。今はそれどころではない。全く頭が追いつかない。
何がどうなっているのだろうか。

兄さんは、大丈夫なのだろうか?

「・・・あの・・・兄さんに、兄に会うことは出来ますか?」

「・・・・本来は面会謝絶なんですが、貴方はご家族ですし、いつも心配されていますから構いませんよ」

「ありがとうございます・・・」

項垂れたまま礼を告げる剣城を、医師と看護師は痛ましげな、同情するような視線を向けていた。
その視線を受けながらゆっくりと立ち上がり音もなく部屋を出ると、剣城はふらつきながらいつも通る廊下を歩き、兄の病室までたどり着いた。少しだけノックするのに戸惑ったが、意を決して2・3度ノックする。中から返事はない。

(そういえば、今眠ってるって言ってたか・・・?)

半ば放心状態で話を聞いていた為自信は無いが、確かそんなことを言っていた気がする
それならば、と返事を待たずにドアを開けると、真っ白なベッドで眠っている優一の姿が目に飛び込んできた。足音を立てないようにそうっと歩いて近寄ると、彼は静かに寝息をたてている。穏やかな表情で、そんな彼からは異常なことが起きているとは考えられない。

「…兄さん」

優一を呼び、そっと頬を撫でた。滑るように綺麗な肌をしていて、この肌が隠す体の中で今も尚草が成長していようとは。
彼は兄を見つめたまま動かない。

「…どうして、兄さんが」

零れた言葉。絞り出された言葉には、剣城の様々な思いが含まれていた。同情、疑問、怒り、罪悪感…様々な思いが彼を蝕み苛んでいく。実際泣きはしないものの、気を抜いたら泣いてしまいそうだ。
じぃっと身を乗り出して彼の左目を見つめる。とても近い距離で凝視するが、優一の瞼は閉じられたままで何がどうなっているのかも分からない。まぁ見たところで分かりはしないのだけど。

「んん…」

優一が少し身を捩った。寝返りを打とうとしたのだろうか。乗り出していた体を起こして距離をとる。

(今日はもう帰ろう…)

後ろ髪引かれるが、自分がいてもどうにも出来ないし何もならないのだ。それに、どうにも頭が混乱していて落ち着かない。

「それじゃあ…またな。兄さん」

聞いているとは思わなかったが、それだけ言って静かに部屋を出ていった。ドアが閉まり明るい廊下に出る。立ち眩みが起こりかけたが、何とか踏ん張り病院を後にした。



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書き直したですよ



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