ある意味で衝撃的な出会いを果たした雨宮太陽と狩屋マサキ。あれから2人は度々会うようになった。主に、狩屋が雨宮を訪ねる為である。

「よう」

「あ、また来たの?」

「来たら悪いかよ」

「そういう訳じゃないけど…狩屋、意地悪な質問ばっかりしてくるから」

ベッドに座っている雨宮は、困ったように苦笑を洩らした。狩屋は不機嫌そうに視線を逸らして慣れた動作のまま椅子に腰かける。


『お前、なんで生きてんの?』

初めて会ったあの日、狩屋は雨宮に尋ねた。

『なんでって…命があるからでしょ?』

豹変した狩屋に驚きを隠せないまま、それでもちゃんと答えると、狩屋は納得出来ないようで『そうじゃなくてさぁ、』と居住まいを正してもう一度雨宮を見返す。

『生きたい理由とかないの?』

『理由…?自分がしたいことをやりたいから、とかそんなこと?』

『そうそう、そんな感じ』

狩屋は頷いて、おそらく見舞品として持ってきたであろう袋から飴の袋を取り出すと、個包装を開いて飴玉を口に含んだ。彼の頬が微かに動いている。きっと口内で転がしているんだ、と雨宮はぼんやり思った。

『逆に聞きたいんだけど、どうしてそれを僕に聞くの?』

不思議でしかならない、と、少し眉根を寄せて怪訝な顔をした雨宮に、狩屋はしばらくそれを見つめてから視線を外に移した。

『お前なら答えてくれると思ったんだよ』

そんな狩屋に雨宮は(あれ?)と、ただ驚く。

(囃し立てる目的じゃないのか)

てっきりそうだと思い込んでいたため拍子抜けした。彼は真面目に真剣に答えが欲しいようだ。

『…生きたい理由はいろいろあると思うよ。人によってさ』

『…』

『僕はまだ分からないし、今をただ生きてるだけかもしれない。…でも、』

雨宮は拳を握りしめ、狩屋を見つめる。強い光を灯す瞳に、それと正反対の目をしている狩屋は何も言わずに視線を返した。

『死んでしまう怖さは、知ってるつもりだよ』

彼の静かな声が、無音の部屋に響き渡る。その声には、いろいろな意味が、想いが含まれているように感じた。

『…ふぅん』

狩屋は、ただそれだけ返した。決して適当な返事ではないが、彼にはまだ思うところがあるようで浮かない表情をしている。

『まぁ、今日のところは別にいっかな』

暫くしてから誰にともなく言うと、狩屋は口内の飴玉を噛み砕いてから静かに立ち上がる。

『また来るよ』

ニッと歯を見せて笑い、狩屋は部屋を出ていった。彼が持ってきた飴玉と彼の見せた笑みだけが雨宮に残っていた。

それから。

狩屋は度々訪れる。土産物を食べたり、一緒に本を読んだりと他愛もない時間を過ごしたりした。

「ほら、今日はケーキ」

刺激しないようにそっと渡されるそれを、雨宮も慎重に両手で受けとる。

「ありがとう」

受け取った袋の中を見た。コンビニで買ってきたらしいケーキが2つ入っている。ショートケーキだった。

「狩屋って本当に甘いの好きだよね」

「そうか?」

「だって、いつもお菓子じゃん。嫌いじゃないけど」

「嫌いじゃないならいいだろ」

拗ねて唇を尖らす狩屋に、雨宮はクスクスと笑みを溢す。こういう仕草をする時の狩屋は小さな子どもみたいだ。

「そうだね。じゃあ、早く食べようか」

子どもを宥めるような口調で雨宮が言うと、狩屋はそっぽを向いていたがやがて

「…おう」

呟くくらい小さな声で頷いた。それから紙皿と添えられていたフォークをいそいそと準備を始める。なんと手際の良いことか。

「ふふっ」

つい可笑しくなって笑いが零れた。狩屋は怪訝な顔を見せたが特に追及することもなくケーキを渡す。

「ありがとう」

渡されたケーキを膝に乗せ、狩屋を待つ。彼もすぐに準備が整ったようで、雨宮は静かに両手を合わせた。

「いただきます」

「…いただきます」

そう言って、2人はゆっくりケーキを食べ始めた。ショートケーキはとても甘ったるくて、イチゴの酸味が無いと胸焼けをしてしまいそう。けれど2人共、何も言わずに黙々と食べる。

黙々と。モグモグと。

「美味しいね」

不意に雨宮が呟くように言った。狩屋は頷くだけだったが、それでも雨宮は満足そうに笑ってまたケーキを食べ始める。

「雨宮、」

「なに?」

ポツリと狩屋が言った。

「お前は何で生きてるんだ?」

雨宮は暫くの間狩屋を見つめ、やがてにこっと笑いながら

「狩屋とケーキ食べるため」

楽しそうに答えた。



甘ったるいケーキを食べよう
(今はそれでいいじゃないか)



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