暑い。空は青空に雲が入り込んだ、夏のような空だ。因みに今はまだ夏ではないのだが、それでも少し動けば汗が出る程度の気温。これから訪れる季節を考えると、結構億劫な気持ちになるのは仕方がない。
「今日の練習はここまで!みんなよく頑張ったな!」
監督の明るい声に釣られて時計を見ると、もう部活終了時刻だった。最近は夕暮でも空が明るいためだろう、時間感覚がまだ慣れていない。部員全員で泥だらけのまま、コーンやらなんやらを片付ける。マネージャーたちも手伝ってくれたので、すぐに終わった。
それから、監督に挨拶をして部室に行って着替える。正直体はくたくただが、これから兄さんの見舞いへ行く予定があったため、俺は皆より早くに着替えると、早々に部室から退室して病院に向かう。
外を歩いて校門が見えてきた時、そこに誰かが立っているのを見つけた。
初めは生徒かと思ったが、どうやら身長的に中学生ではないらしい。校門に凭れるようにして立っているその人は、ふとこっちを見て
「剣城」
と、声をかけた。
生憎この学校で剣城という苗字は俺しかいない。目を凝らして見ると、その人は俺がよく知っている人だった。褐色の肌にベージュの長い髪を後ろで一括りにして、赤いジャンパーを羽織っているその人。
「ご、豪炎寺さん?」
慌てて走り寄ると、豪炎寺さんは校門に凭れていた身体を起し、俺を見下げて(身長的に仕方がない)
「すまないな、連絡もなしに」
謝罪の言葉を言いながら、申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。
「い、いえ。全然大丈夫です」
突然のことに驚いて、気の利いたことも言えずにそれだけ答えると、彼は「そうか、」とだけ呟き俺を改めて見る。強い瞳に見つめられ、落ち着かないのを彼に悟れないように視線を逸らして豪炎寺さんに「何か、俺に用ですか?」・・・愛想のない言葉しかかけれない自分を張り倒したくなった。
「あぁ、少し君とお兄さんに用があってな」
「兄にですか?」
「君のお兄さんにも失礼を働いたからな。謝りに行こうと思って」
愛想のない俺を気にも留めずにそう言った豪炎寺さんの表情は、いつものクールなものだった。こういうのをポーカーフェイスというのだろうか。かっこいいと思う。いや俺の感想はどうでもいい。
「そうですか。貴方が会いに行ったら、きっと兄さんは喜びます」
「喜ぶ?」
不思議そうに繰り返した豪炎寺さんに、ちょっとだけ笑みが浮かんだ。
「兄さん、貴方のファンなので」
そう言うと、彼は驚いたように目を開き、それから小さく笑って「・・・そうか」もう一度呟く。その顔に、幽かに陰りが浮かんだように見えたのは、きっと気のせいではない。
「・・・どうかしましたか?」
つい口を突いて出た言葉に、あ、と自分で口元に手を当てて彼から視線を逸らす。聞くつもりではなかったのに。
「・・・・車で、話そうか」
豪炎寺さんは落ち着き払った声で、校門のところに停めていた車へ乗るように俺を促す。乗っていいのか、と暫し迷ったが、彼も見舞いへ行くと言っていたし、何より先程の彼が気になった。
赤いスポーツカーに乗り込み、慣れない高価な車に動揺しつつ車の中に広がる彼の匂いに一瞬脳の働きがぶち切られた気がして座ったまま頭を横に振ると
「どうかしたのか?」
心配するように、ポンッと俺の頭に豪炎寺さんの大きな手が乗せられた。それに驚いて、大きく肩を跳ねてしまった。彼はそんな俺に、また不思議そうに首を捻って見る。
「あ、いや、その・・・大丈夫、です」
しどろもどろになりながら、何とかそれだけ告げると、彼は暫く俺を見つめていた。その視線に、恥ずかしさが湧きあがり顔に熱が集まる。
「・・・大丈夫なら、それでいい」
小さく笑って、彼はそう言った。そして、彼は車を走らせる。
車は順調に走り出し、広い道に出た。巧みに車を操縦する豪炎寺さんを盗み見る。
豪炎寺さんを見ていると、自分の心からよくわからない感情が湧いてきた。どろどろと湧き出るよく分からない感情に、無意識に無性に吐き気がする。車酔いではなく気持ちが悪い。
「さて、何から話そうか」
彼がポツリと呟いた言葉に、現実に意識を引き戻された。少し放心したままボンヤリと豪炎寺さんを見つめると、彼は俺の視線に気づいたのか、苦笑する。
「君のお兄さんが、元々サッカーを好きだったのは知っていたよ。俺を慕ってくれていたのは知らなかったが」
訥々と話し始めた彼の声に耳を傾ける。
「そう言えば、君も俺を憧れと言っていたか」
思い出したように言われたのに、俺は頷きだけで返すと前を向いていた視線だけを一瞬俺に向け、そっと目を細められた。
今まで見ていた、聖帝として、プロのサッカー選手のどれとも違う彼の柔らかい目に心臓が一度大きく跳ねる。
「そう真っ直ぐに慕われているとは思わなかった。・・・しかし、仕方なかったとは言え、自分に向けられた好意を裏切るようなことをしたのに今更ながら後悔にも似たようなものを感じてな」
既に前に視線を戻していた彼は、顔を顰めて吐き捨てるように言った。
「先程の君の言葉を聞いて、そう思ったんだ」
そこで言葉を切って、彼は運転に集中した。静かな車内には、気まずい雰囲気が流れている。
「・・・・なら、今からまた頑張ったらいいじゃないですか」
上手く声が出なくて独り言のように言うと、彼は視線だけをこちらに向けた。目が「どういうことだ」と語っている。
「貴方がああいうことをしていたのは、確かにショックでしたが、それは貴方がそれほどサッカーを大切にしていたということで胸を張っていいことだと思う。それでもまだごちゃごちゃ言う奴がいたら、今度は正々堂々とサッカーで戦えば、それで」
自分が何を言っているのか分からなくなってきた。元からあまりしゃべる方ではないから尚更だ。そんな自分が情けなくて、どんどん俯きがちになった。でも、それでも必死に頭を働かせて、つっかえそうになるのを堪えながら話し続ける。ただ、彼に伝えたい一心で。
貴方は悪くないのだと。
不意に、頭に温かいものが乗せられた。頭を上げると、片手を俺の頭に乗せた彼が視線だけ俺に向けて、柔らかく微笑む。
「ありがとう」
優しい声音に、それが誰に向けられているのか一瞬分からなくなった。だって、あまりにも夢みたい。
一度俺を撫でると、彼はその手をハンドルに戻して運転を続ける。
「そうだな。もう一度、初めから頑張ることにしよう」
どことなく晴れやかな表情の彼に、ホッと安堵の息を漏らす。そして、俺も自然と笑みが浮かんでいるのに気付いた。少しでも彼の力に成れたことが嬉しい。晴れ晴れとしたこの気持ちは、今日の空にも負けてはいない。それから、ふと隣の豪炎寺さんに視線を移す。と、彼と視線が合った。驚いて目を見開くと、向こうも驚いたのか、少し目を丸くしていた。けれどなんとなく可笑しくなって、どちらともなく笑う。気まずい雰囲気から一転して、和やかなものになる。
(この時間がずっと続いたらいいのに)
ボンヤリと思ったことに、自分でも驚く。一体何を考えているのか。そんなことは無理に決まっているのに。
あぁ、でも
(せめて、病院に着くまでは)
もうすぐタイムリミットが来てしまうが、一人そっと思う。せめてそれまでは、この二人きりの、不思議と居心地のいいこの時間が続いてほしい。そう願わずにはいられなかった。
隣りにいたい
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モヤモヤする剣城くんです。豪炎寺さん初めて書いたので口調が驚くほどわからないです。かっこいい彼はどこですか。
微妙な距離感とか好きです。