なんとなく尋ねた病院の、とある病室。広いけどちっとも嬉しくない部屋の窓際にアイツは居る。
羨ましいような妬ましいような、とりあえず俺にはわからない光をその瞳に浮かべて、窓の外を見つめていた。そして俺に気づくと、何でもないように笑うのだ。
「やぁ、狩屋」
「…おう」
「今日も来てくれたんだ?」
「たまたま近く通ったから。暇潰し?みたいな感じ」
「ふぅん?狩屋、昨日もそう言ってたけど」
「うっせ」
分が悪いので早々に会話を打ち切りベッドの脇に置かれた背もたれの無い丸椅子に座ると、向こうは可笑しげにクスクスと音もなく笑う。
コイツの笑顔は、正直好きだ。しかし今は腹立つ。
「笑ってると土産やらねぇぞ」
「お土産まで持ってきてくれたんだ」
「お前マジ土産やらねぇからな」
「ごめーん」
ヘラリと緩い笑みを浮かべて、反省感0の謝罪を言う奴・・・雨宮太陽に仕方なく土産のプリンを渡す。
「ありがとう、」
嬉しそうに礼を言われ、胸がじんわりと暖かくなるのは何でだろう?
だけど俺がそんなことを考えている間、ニコニコとプリンの開封を切ったコイツを見てなんかどうでもよくなった。
「狩屋って甘いの好きだよねー」
「お前も好きだろ」
「まぁね」
モグモグとお互いに口を動かしながら話す。ここのプリンは俺のお気に入りなので、コイツもきっと気に入るだろう。
外で風が吹き、窓ガラスが音を立てて揺れた。
音の方へ視線を移して外をじぃっと見つめるヤツを、俺はプリンを食べながら見つめる。雨宮くんは手を止め食い入るように外を眺めて、そして
「いいな」
ポツリと一言溢した。
脈絡も何もない言葉だったけど、それ故に無性に胸を掻き立てられる。自分の思考がぐちゃぐちゃに掻き乱されるような、そんな気持ち悪さに襲われた。
コイツが何を思って、コイツのどれほどの想いが込められたかなど分からないくらいに切実な、痛いほど素直に言われた言葉が俺の胸に突き刺さる。
「なんて、ね」
隠すように笑い、雨宮くんは俺を見てからまたプリンを食べ始めた。それを前に、何も言えない俺は空の容器を手持ちぶさたにしてヤツを見る。そんな泣きそうな顔して、なにが「なんてね」だ。バーカ。
気づけば雨宮くんはプリンを食べ終えて空の容器をゴミ箱に捨てていた。その表情はあからさまにニコニコとした笑顔で、分かりにくく傷ついた、コイツ独特の泣きそうな顔。
(何で俺がこんな思いをしなくちゃなんねーんだ)
ぐるぐる廻る思考の中、吐き出すように内心で呟くと、俺は食べ終わった容器とスプーンを備え付けられたゴミ箱へ投げ捨てて、もう一度外を見ようとした雨宮を抱きしめる。向こうの体が一瞬びくっと反応したが、そんなのに構わず更にぎゅうっと抱きしめた。細い身体からは薬品とかの匂いがしてきたのにまた腹が立った。
「どうしたの、狩屋?」
驚きしか含まれていない声音で雨宮くんが俺に尋ねる。
「ウゼーから、泣きたいなら泣けよ」
イライラしたままに言うと、「…何言ってるの」少し震えた声が返された。コイツのこんな弱々しい声は聞いたことなかったが、ダメ押しのつもりで腕の中にいるコイツの一度頭を撫でる。
すると
「…っ」
息を飲む音が、静かな部屋に響いた。そして、抱きしめる俺の背に雨宮くんの手が這わされる。細くて白い、綺麗な手。
「ぅ、…っ」
声を圧し殺す雨宮くんと、抱きしめた俺の肩にボトボトと落ちて滲みる涙の冷たさを感じて飽きもせず頭を撫でる。
「かり、や」
「うん」
「かりや」
「うん」
「さびしい、」
「うん」
「くるしい」
「うん」
「サッカー、したい」
「うん」
「ひとり、怖いよ」
「独りは、怖いよな」
吐き出される言葉に相づちを打ち、ふわふわの髪を撫で、抱きしめる。ガキみてぇに涙を流すコイツに、今までずっと言わなかった感情を吐き出すコイツに、何故かすごい安心した。
「雨宮くんが独りなら、俺がずっと隣にいてやるよ」
涙でぐしゃぐしゃな顔に頬を寄せて伝えると、雨宮くんはもっと泣き出した。
太陽が流した雨粒
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雨マサじゃなくなった感全開だけど雨マサです_(:3ゝ∠)_