text | ナノ




 もし櫂がこんなことになっていなかったら、とふと三和は考える。あの時自分が止められていたら、こうはならなかったんじゃないか。そこまで考えて、それが上っ面の「らしい」後悔だと気付いて、くつくつと喉を鳴らした。


「何が可笑しいんだ」
「べっつにー?」


 ソファに寝転がる三和を見ることのない櫂は、それ以上訊く気はないらしくまたカードを弄る作業に戻る。櫂が只々強さを求めた結果であるそのカード達は、三和の目には一枚一枚が鈍く光る刃のように映った。ライド、コール、アタック。宣言のひとつひとつが刺し貫かんとばかりに刃を振り上げ、三和に切っ先を向ける。あれはイメージというにはあまりにも鮮明過ぎた、実際に刃を突き付けられているのではないかと目眩するほどに。そして同時に思った、まるで櫂自身のようだ、と。
 真剣に対峙して、三和は櫂が刀であるような錯覚を感じた。まさかそんな、と最初こそ冷や汗を掻きながら否定するも、一度そう感じてしまえば、後は転がるように納得する他なかった。どれだけ周りに人が集まろうとも、やはり彼は一人だったのだ。


「……何処へ行く」
「ちょっくら戦闘員を増やしにね。流石に俺も、此処でずーっとどっしり構えてるわけにゃいかねぇよ」


 勢いよくソファから跳ね起きる。デッキ調整は万全。目標はどうしようか、手近な人脈を伝えば、誰だってターゲットにすることはできる。暫し唸るように悩んだ末に、はっと思い至ったシルエット。


「なぁ、ジュンとかどうだ」
「悪くはないな」


 三和の提案に然程悩むことなく肯定した櫂。にやりといつも通りの、しかし隠すことのない邪悪さを孕んだ笑みを浮かべながら、三和はデッキを片手に街へと繰り出す。街の空気が些か息苦しく感じるのは、自分が堕ちたからか高見に居るからか。

 もし櫂がこんなことになっていなかったら、また三和は考える。あの時自分が止められていたら、こうはならなかったんじゃないか。否、こうなってはくれなかったんだと、思う。手を伸ばし続けてきた彼がすぐ近くに居る安心感と、優越感と、ちょっぴりの虚無感。それでも、今までで一番櫂の隣に居ることを実感できる、このぬるま湯のような夢の世界に浸っていたいと思うのは本心だった。
 どれだけ櫂が変わろうと、櫂の危うさまでは変わらない。それがどれだけ強さを手にしたとしても、だ。だから三和は櫂の前に立つ。全てを凌げるほどの力はなくとも、彼を傷つけないよう傍に寄り添うことはできるのだから。

 抜き身の刀の、鞘であるのは誰だろうか。できればそれは、他の何でもない自分であってほしいと、剥き出しの欲望のままに三和は笑い、空を仰ぐ。嘗てに忘れられた終末の竜が、どこかで低くないた声が、聞こえた気がした。



追いかけて、
対峙して、
終わりをともに、
ついのさんもじ



***
三和君と櫂君の関係って難しい。



141127
160105 修正
×