text | ナノ




 珍しく出撃命令がなかったので、じゃあ他の国の戦いを見てみたいと俺が挙手したことにより、第一小隊全員が視聴覚室に揃っていた。作戦も中盤らしく、力のあるプレイヤーがばったばったと他のLBXを倒していく様は時代劇みたいだ。そんな呑気なことを言えばハルキから小言が飛んでくるので、心の内に留めておくけど(俺だって学習するさ)。
 すると突然、ばぁんと爆発音が教室いっぱいに響いた。機体が破ぜて粉々になる音。見ればちりちりと火花を散らしながら、部位がめちゃめちゃになったパーツが崩れていくLBXの姿があった。ロストしたのだ。ひっと短く上がった悲鳴は、どこの国の誰のものだったのか。倒した方のLBXは、その光景に足踏みすることなく、すぐに次の標的に向かっていった。

「ロスト、か……」

 惨劇の余韻の残るモニターを観ていたヒカルがそう呟いたのを、ざわざわとした喧騒の中で俺は聞いた。



「ヒカル、なんか考えてたのか?」

 談話室で思い思いに好きな飲み物を片手にして、さっきの戦いを振り返っているとき、俺はヒカルの呟きがどうも引っ掛かって仕方がなかった。俺がそう切り出して問えば、特に表情を明暗させることなくああ、とヒカルが口を開く。

「普段自分が戦場に立っているからあまり意識して考えたことがなかったが、ああやって客観的に見ると相当堪えるものだな、と」
「あー……まぁ、いいもんじゃないよな」
「他の国の生徒だってわかってても、やっぱりキツいよね。あれが現実だけど、僕も慣れないし」

 ホットミルクに口をつけながら、サクヤが苦笑する。メカニックとしても、作られたLBXが無惨な姿になるのはやっぱり辛いらしい。俺達もどれだけの不安と心配をサクヤにかけてるんだろう。

「まぁ、だから無事に帰ってきてくれるのが何より嬉しいんだけどね」
「どっか壊しててもか?」
「壊れたなら直せばいいさ。でもロストしたら、それすらかなわない。帰ってきた小隊の皆とLBXにおかえり、次の出撃の時にいってらっしゃいを言えるのって、当たり前みたいで実はそうじゃないんだよ」

 ぽつぽつと語り聞かせるようなサクヤの言葉。それは俺達だけじゃなくて、他の小隊や前の仲間にも向けているように思えた。

「……サクヤには迷惑と心配をかけてばかりだな」
「そう思ってくれるなら、僕が心配しなくていいぐらいしっかりしてね。破損だって本当はいい気持ちしないんだから」

 痛いところを突かれた。遠回しに無茶な戦い方はよせと釘を刺されたようなもんだ。冷や汗混じりに任せろと意気込んだ俺の横から、君が一番無理だろうとヒカルの冷静なツッコミが入った。ごもっともで。
 会話に混ざりにこないハルキはといえば、いつも通り難しい顔をして考え込んでいた。ロストの話題に、前にあったことを思い出しているんだろうか。やがて納得したような、どちらかというとしたくないような、そんな曖昧な凝り固まった表情のまま、ハルキは静かに言う。

「……俺は、過ちを繰り返したくないと思う反面、また目の前であんなことになったら、竦んでしまう気がするんだ。二度とあんなことは起こさせないと決心したはずなんだがな……」
「決心ってそんな……。ハルキの頑張りは僕達十分わかってるんだ。そんなに一人で思い詰めないでよ」

 サクヤの発言に、ハルキは困ったように眉をハの字にして、手元の紅茶の入ったカップを覗き込んだ。

「お前達をロストさせない、いい隊長でありたいと思うのだがな……」
「……前のことを気にするなとは言わない。ただ僕は、ハルキが隊長でよかったと感じている。恐れを抱くのはわかるが、その感情を持った自分を貶めるのはやめてくれ。そんな姿も含めて、ハルキに従おうと思った人間が居ることを忘れないでほしい」
「ヒカルの言う通り! まぁ責任とかそういう面倒くさいことは、俺わからないけどさ。何だかんだ言って、ハルキが隊長だからここまでやってこれたってのもあるよ。だからハルキは今のままでいいって!」

 でもできればちょっとばかし小言を減らしてくれれば、もっといい隊長なんだけどな、と茶化して付け足す。いつもならここでお叱りが飛んでくるから、言った手前身構えてたけど、善処しておこう、だなんて珍しい返答が来たので驚くばかりだ。

「僕だって、またあんな気持ちを味わうのは御免だ。此処は一人で戦う場所ではないということ、今になってよく理解できたよ。だからもう、むざむざと負ける気はない。それは自分のためでもあるし、小隊のためでもある」
「何かあっても、また更正プログラムで猿田教官に指導してもらえばいいしな!」
「アラタ?」
「……ゴメンナサイ」

 静かに笑みを浮かべたヒカルにほぼ反射で謝った。片言になったのは仕方ない。最初は唯我独尊って感じで(俺とは別の意味で)問題児扱いされてたヒカルだけど、最近はそんなこともなくなって。丸くなったというか、輪の中に馴染んだというか。此処に来たときからヒカルを知ってる俺からすれば、挨拶を返してくれるようになっただけでも進歩だったのに、遂に体調まで心配されるとは、ってところだろうか。ようやく、小隊としてのまとまりができてきたんじゃないかなぁと思う。突っ走ってる俺が言うなって、言われそうだけど。

「仲間のために生き残りたいだなんて、此処に来る前なら考えもしなかった」

「それはいい変化だと思うぞ? 誰かに頼ること、誰かと何かを成し遂げること。それらは己を伸ばすいい経験になる」
「ヒカル、前よりもハルキの命令聞くようになったしね。僕に頼ってくれることも多くなったし。嬉しいなぁ」

 何だかサクヤの物言いが、懐かなかった飼い猫がようやく心を開いてくれたみたいな感じなのは気のせいだな、うん。

「そういう君はどうなんだ」
「俺? 俺はなー……うーん」

 言葉を濁す俺が珍しいのか、誰も返答を催促してこない。実際どうかって訊かれると答えにくいもんだなぁと思う。言いにくいっていうか、言えないっていうか。ただ、ウォータイムが終わって、ハルキやヒカルやサクヤの顔を見ると、あぁよかった、と安堵している自分が居ることに最近気づいた。多分そのとき、他の国のことは考えてない。自分たちが無事で、ロストしたのが俺たちやジェノックの誰かじゃなくてよかったと思ってる。それで、そんな自分が心底嫌になる。要するに、俺は恐いんだ。皆が居なくなるのが。

「……情けないけどさ、自分たちの誰かじゃなくてよかったって考えてる」
「それは当たり前じゃないか? 誰だって自分がロストしたいだなんて考えないだろう」
「そりゃそうだけど……。何て言うのかな、他人がロストするのもあんましいい気分じゃないんだけど、それと同じかそれ以上に、自分たちの誰かじゃなくてよかった、ってほっとしてる俺が居るんだよ」

 それが堪らなく嫌だった。よかった、自分じゃなくて。ハルキたちじゃなくて。そんな風に考えてしまう自分が、ひどく汚いように思えた。勿論ムラクたちやタケルの隊のことだって大切だ。でも、それでも俺はこの先も、周りの不幸を悲しみながら、自分と仲間の無事に安堵し続けるんだろうなぁ。

「……正直、それでも進むしかないのかもしれないな。此処に居るとは、そういうことだ」
「ハルキ……っ、でも! もし誰かがロストしたら……俺……!」

 眉を寄せた苦い顔のハルキの言い分はもっともだ。この学園に入学したからには、此処が俺たちのルールになる(郷に入ってはなんちゃら、っていうんだったか)。幾ら俺たちが喚いたって、根本が揺らぐことなんてない。それでもやっぱり俺は、誰かが居なくなるのは嫌だ。まとまってきた小隊の皆や、仲間やライバルだって言える奴らと笑えなくなるのは、つらい。

「他人に全力になれるのは、君の長所でもあり短所でもある。その献身を少しは自分に向けたらどうだい」
「ヒカル……」
「アラタが皆にロストしてほしくない、って思うように、僕たちだってアラタにロストしてほしくないって、思ってるんだよ」

 ヒカルの言葉に続けるように、優しく笑いながらサクヤが言う。

「僕は皆と違って戦場に立つことはないけどさ、やっぱり思うよ、“無事でよかった”って。他の隊の機体の損傷がどれだけ酷くても、そっちより先に、第一小隊が無事なことを確認してしまうんだ」
「案外皆そんなものなんだよ、アラタ。我が身可愛さや仲間贔屓でいて何が悪いものか。それが普通の人間の感情だ」
「……いいのかな、それでも」
「少なくとも、君は今のままでいい」

 学園の、ウォータイムの真実を知ってから。本物の戦争をしているんだから、兵士だって意識しなくちゃいけないのかって。今まで通り、バトルを楽しんでいいのかって。ぐるぐると渦巻いていた自問自答が、ぱっと一気に解決したような、そんな感覚。本当にこいつ等と小隊になれてよかったなぁ、と心から思う。伝えきれない色んな言葉と感情を引っ括めて、俺はにかりといつもみたいに笑った。

「しかし、アラタが考えるなんて……。珍しいを通り越して不気味だな。別人なんじゃないかこいつ」
「えっ」
「……すまないアラタ、否定できない」
「ちょ」
「ちょっと二人とも……。アラタだって真面目に考えることだってあるんだからさ」
「おい!」

 こんな日常が、すごく、愛おしくて。



***
アラタだって考えるんだって文が書きたかった。
DVDの特典小説で細かな情報が出回る前に。
蛇足



141028
171214 修正