text | ナノ



 店の端っこにあるカウンターは隣がガラス越しなせいか、店の中で季節の影響を一番に受けやすい場所でもあった。そろそろクーラーが欲しくなってきたかな、とシンさんがどこからか貰ってきた団扇をぱたぱた扇ぎながらファイトテーブルを見ると、こっちを見てたらしい櫂とばっちり目が合った。あいつのことだから何事もないようにすぐファイトに戻るかと思って、あたしから外方を向かずにいたんだけれど、どうしてか櫂はこっちを見たまま。相手の男の子はパワーの計算をしながらリアガードを埋めるのに精一杯らしく、櫂が視線を外していることに気付いていないらしい。これじゃあ何だかあたしが恥ずかしい。できるだけわざとらしくないように、櫂の姿を視界から遠ざけていく。まだ視線は感じていたけれど、男の子がよしっ、と声を上げた瞬間、はっとなったように櫂の目はファイトに戻っていった。

 あたしが髪を切ってから、櫂がぼんやりすることが多くなったように思う。髪を切ってからっていうか、記憶が間違ってなければ(間違うわけはないんだけどさ)髪をアップにしてる時、よくあたしを見てる気がする。何でだろう。物珍しいから? それじゃあ髪を切ってから暫く経っても視線を感じる理由がわからない。櫂はあたしの、何を見ているんだろうか。




「ねぇ」

 ファイトが終わって一段落ついている櫂に声をかけて、引っ張っていく。後ろからねーちゃん大胆、なんて三和の茶化した声が聞こえたけど今は無視だ。後で蹴るけど。
 中だと囃し立てられて面倒だからと店の横路地に出たところで、漸く櫂があたしの手を振り解いた。その顔は不快で歪んでいることもなく、ただどちらかといえば、少し焦っているような、困惑しているのだろうという印象があった。

「あんた、どうしたの」
「……何のことだ」
「最近ずっと見てるでしょ、あたしのこと」

 瞬間ぎくりと小さく櫂の肩が揺れるのを見逃さなかった。本人はあれでバレていないつもりだったんだろうか、あれだけ見られていれば流石にあたしでも気付く。呆れてみたが、それじゃあ話は進まない。

「何かあるの?」
「…………」
「だんまりされてちゃわからないんだけど」

 口を割らない彼氏とそれを問い詰める彼女の図は、まるで浮気を質しているように見える。表通りの人の流れは疎らで、夕方とはいえ薄暗い場所に男女が居ることを怪訝そうに見てくる影はなかった。やがて観念したようにもごもごと、櫂にしてはらしくないような声音があたしの耳に届く。

「髪を、切っただろう」
「いつの話してるのさ」

 本当に、いつのことを言うんだろうかこいつは。もう夏休み前の期末テストの追い込み時期だというのに、櫂の頭の中はまだ春で止まっているとでもいうのだろうか。

「その、だな」

 項に、目が行く。
 そう一言告げられ、なるほどそういうわけかと理解するより先に羞恥がぶわわっと身体を走った。あたしの口は汚く罵ることも上手く返すこともできずに引き結ばれたまま。もうこうなっては櫂と目を合わせるのも躊躇われた。頭上からくつくつと聞こえた櫂の含み笑いにイラッとする。なんだか櫂に転がされている気分だ。でもそれを不快に感じないのはきっと、こうしている時間が無意識のうちに心地いいものだと知っているから。

「白いな」
「っ、……んの馬鹿!」

 まだ言うのか、この男は。


***
あるある髪ネタ。
これの続きのような。


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