text | ナノ



※オバロがちったい
※当たり前のように現実世界



「へぷしっ」


 冬場の短かった太陽の活動時間も緩やかに伸びていき、それに比例して春の大敵がやってくるこの時期。
 質素な櫂の部屋でテレビを点けいつものように朝の日課であるラジオ体操を始めたオーバーロードは、ふと自分の鼻がむずむずと痒いように感じた。此処最近の陽気からして風邪をひいたわけではないというのは、人間の生活に疎い彼にもわかった。だがそうするとこのこそばゆい感覚はなんなのだろうか。考える間にも鼻が痒くて仕方がない。どうすることもできずおろおろとしている内に限界が来たのか、遂に冒頭のような可愛らしいくしゃみを洩らした。


「…うぬ、まだ痒いだと……」


 一回くしゃみをしたというのに鼻の痒さは治まらず、ずびずびと鼻水が鬱陶しい。このままでは体操の続きもままならない。かといって自分がこうなった原因がわからないオーバーロードは、朝食の準備をする櫂に助けを求めるようにキッチンへと入り込んでいく。てきぱきと二人分の昼食にあたる弁当を作り終えた櫂は、足元の赤い竜が自身の鼻頭をもぞもぞと擦りながら鼻水らしきものを啜っているのに気付いて腰を落とした。


「如何した」

「我にもよくわからぬのだ。誰かが我の噂話でも立てているのだろうか…ぷしゅっ」

「少なくともお前を知っている面子の中でこんな朝からお前のことを噂しているような奴はいないだろうな」

「何だ主、風邪もひかぬ健康体な我に、それ以外この症状にどう説明をつけるというのだ、ぶっくしっ!」


 言いながらも見た目に反した可愛らしいくしゃみをするオーバーロードに季節柄のとあるアレルギーを思い出した櫂はまさか、とどちらかといえば否定的に思いながらも可能性を捨て切れない。


「一つ訊こう、くしゃみ以外に症状はないのか?」

「うむ、そう訊かれると幾つか思い当たる節が無きにしも非ず……実は数日前から目が痒かったりするな。くしゃみは今日が初めてだが、鼻水も目と同じぐらいから出ている」

「(ドラゴンでも鼻水が出るものなのか…)それは花粉症だ」


 犬や猫がなると以前何処かで見かけた覚えはあるが、まさか人外どころか地球外の生き物でも罹るものだとは思ってもいなかった櫂は素直に驚く。最近の気温の高さとニュースの注意報からそろそろ来るとは感じていた。櫂自身は花粉とは無縁なのだが、何分自称親友の方が軽度とはいえ隣でくしゃみを連発するものだからどうしてもこの時期はその手のニュースに過敏になってしまうのだ。
 脳内の身辺花粉症患者リストを新しく更新しながら救急箱を漁り、目当ての物をごっそり引き出してその一部をオーバーロードに渡す。


「これは何だ」

「目薬だ。まだ開けていないからお前が使っても問題はない。こっちの緑の方は鼻炎薬だから、食後に飲め」

「ビエンヤク……主よ、こんな状態の我にそんないかがわしい物を内服させてどうしようというのだ!」

「媚薬じゃない鼻炎薬だ馬鹿竜。お前のそのくしゃみやら鼻水やらを抑える為の薬剤のことだ。目の方はあまり擦るな、痒くなったら目薬を使え」

「ほう、人間の世界にはこれほど便利な薬があるのか……」


 どうやらクレイでは薬のような現実的なものは少なく(聞く分には浸透性が薄いと言った方が正しいか)、あっても身体的な傷を癒すものが殆どらしい。地球と似ている惑星とはいえども、流石にアレルギーの類までは存在していないのかもしれない。一部の人間からすれば羨ましい限りである。
 平日の朝故オーバーロードに長く構っている暇のない櫂は、端的に薬剤の使用法を伝え足早に学校へ向かった。帰りにマスクでも買っていってやらないとか、などと考えながら登校する彼はすっかり傍らの一匹との生活に慣れきっているようだ。



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ちったいオバロと花粉。〜130620までの拍手文でした。
勿論オバロのマスクは大きめサイズ(笑)



130620
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