櫂とミサキと愉快な仲間達
こっそりアイコー要素
「ミサキさん、バレンタイン誰かにあげるんですか?」
「そんな予定ないけど」
お正月をお祝いしたのがもう昔のことのように感じる、バレンタインイベントを二日前にした今日この頃。
それはなんとなしにエミがミサキさんに尋ねたことだったのだけれど、隣に座る櫂くんが面白いぐらいにがたりと肩を揺らしたのを僕は見逃さなかった。僕等の前の三和くんもそれに気づいたらしく、けたけたとレジ付近のエミ達に聞こえないぐらいの声で笑う。
「だそうですけど、かーい君」
「……五月蠅い」
「まあミサキさんってこういうイベント事に興味なさそうだしね…」
しょうがないよと苦笑して返す。当の櫂くんは三和くんの茶化しに否定的な素振りばかり見せているけれど、それが強がりなのはバレバレだ。きっと高校では浮ついた行事なんかって跳ねのけてそうな櫂くんがいざ本命の前になると一歩下手に出てしまう姿はなかなかイメージできない人が多いだろうけど、僕や三和くんの前でミサキさんの話題が出ようものならそのイメージは本物になる。現に今がそうだから。
「こういうものは相手の気持ちだろう。催促をするものじゃない」
「あっれー?俺別にねーちゃんに『下さいって言っちゃえよ』とか『貰いに行けよ』なんて一言も言ってないんだけど?」
「っ、……」
「墓穴掘っちゃったね」
「……三和………」
「えっ、怒りの矛先向くの俺なの!?」
「如何考えても三和くんが煽った所為じゃないかなぁ」
「アイチ真っ黒!」
静かにオーラを背負いながらデッキを取り出す櫂くん。心なしかデッキから赤い稲妻が見えるんだけど気の所為にしておこう。巻き込まれた三和くんに少し同情しつつ、僕も貰えるといいなぁ、なんてぼんやり金髪のあの人を思い浮かべながらデッキを調整し始めた。
*
「はいカムイ君!」
「えっ、いいんですか!ありがとうございますぅぅうううう!!」
そして当日。
エミがカムイくんにチョコレート(可哀想なことにおそらく義理だろう)を渡すほのぼのとしたスペースの一角を見て苛々と眉根を寄せる櫂くん。ショップ内が飲食禁止だから、なんていう三和くんの慰めも虚しくチョコレートを配り回るエミの姿は確実に櫂くんの心身を抉っていた。かくいう僕もこの後呼び出されているわけだから…ごめんね櫂くん。心の中で小さく詫びた。
「はい三和さん!櫂さんもどうぞ!」
「ふん……」
「愛想悪いぞ櫂…ありがとなーエミちゃん。櫂は気にすんな、ねーちゃんから貰えなくて気が立ってるだけだから」
「おい三和」
「そんなに拗ねんなって」
櫂くんの機嫌の悪さなんて目に這入っていないかのように笑顔で流したエミは、アイチの分はお家でね、という言葉を残してカムイくん達の所へ戻っていった。多分これからファイトするんだろう。デレデレ状態のカムイくんが心配ではあったけれど、エミが他の人に配っているのを見た瞬間崩れ落ちてしまった姿に同情せざるを得なかった。
ちらりと櫂くんの方に視線を移すと、若干期待外れだと言うように溜め息を吐いてエミのチョコレートを鞄に仕舞った。櫂くんのこの態度に流石の三和くんも呆れ気味だった。本当にミサキさんが絡むと櫂くんは一喜一憂が態度に出やすいなぁ。どうしようか、と三和くんと二人で顔を合わせていると、不意にテーブルに影が差した。この場でショップのエプロンをした女性なんて一人しか居ない。
「ミサキさん…」
話題の渦中の人物であるミサキさんは、きょろきょろと周囲を気にした後申し訳なさそうにこっそりと僕等に三つ包みを渡してきた。僕と三和くんはシンプルな青いストライプ柄の四角い箱で、櫂くんはブラウンのシックな紙袋。中身が違うのは容易に理解できた。
「その…作るつもりはなかったから。市販品で悪いけど」
「わぁ、ミサキさんありがとうございます!」
「あんまり大声出さないで。エミちゃんみたいに沢山用意したわけじゃないから」
聞けば僕等が来る前に既に小学生組には渡してあって、森川くん達には残念ながら用意されていないらしかった。まあ井崎くんは学校で幾つか貰っている姿を見たから問題ないとして、森川くんは…何も言わないでおくことにしよう。
じゃあと言葉もそこそこにそそくさとレジに戻っていくミサキさんの後姿を見送る。何事もなかったように平然と本を読み出す姿は流石としか言えない。中身を開けるのは後にしておこうと思いながら櫂くんを見ると、腕を組んで顔を伏せていた。隙間から見えた耳は真っ赤だった。
「…櫂くん、よかったね」
「…五月蠅い」
「声音が浮ついてっから多分超絶嬉しいんだと思うぜ」
「黙れ三和」
「何で俺だけピンポイントなんだよ!」
あ、確かに凄く嬉しそうだ。
嬉し恥ずかし
スイートリュフ***
市販品でも本命の子から貰えたら嬉しいよね!
ちなみにアイチ達は型抜きチョコ、櫂くんはトリュフとカードパック(とプロモの残り)だったり。ちょっぴり豪勢。
130214