text | ナノ



「…戸倉」


まだ冷房の冷たい空気が回りきっていない店内で、珍しくワイシャツ姿の櫂が暑さに唸りながら枯れた声でレジの人物を呼んだ。対して、半袖とスリットスカートの比較的涼しげだと妥協できる格好のミサキは、本のページを捲る手を止め、気だるそうに店内の椅子を陣取る人物を盗み見た。


「何、」

「暑い」

「そう」


それだけを端的に返し、本に視線を戻す。相変わらず湿度は外と数度しか変わらないレベルで、幾ら室内とはいえ汗を掻かずにはいられない。額に浮かんだ汗をぐし、と拭いながら、櫂がまたミサキを呼ぶ。


「……戸倉」

「…何」


す、と櫂の指が指した方を見やると、店の自動ドア越しにぼんやりと道路が歪んで見えた。子供の頃、夏時の帰り道によく見た光景だ。


「陽炎が見えるぞ」

「そうね」


漸くひんやりとした風が肌を撫で始めた。それでもまだ額の汗は頬を伝う。まだアイチ達が来るには時間がある。三和は飲み物が如何だのと言って出て行ったきり戻ってくる気配が無い。これだけ暑いならばアイスの一箱でも買ってこいと注文しておけばよかったと後悔した。


「………とく」

「しつこい!何だっての!」

「二人っきりだな」


クーラーなんて目じゃないほどに、かぁっと顔が熱くなるのがわかった。
じとりと櫂を睨んでから咄嗟に本で顔を隠したミサキに、こっそりと櫂がしたり顔で微笑んだことなどわかりやしないのだった。そしてそんな櫂の頬がうっすらと赤みがかっていたのが、暑さの所為からなのか羞恥からなのか、彼を見ていないミサキにはわからないままなのであった。




何であつかったのかなんてもうわかりやしないや




「おーっすただいまぁっ!いやー暑い暑い、外の温度やべえってあれ。遠くの道路グラグラ揺れてんだぜ?そろそろ熱中症の注意報でも流れ出すんじゃねえの?この暑い中出掛ける俺も俺だけどさ。俺炭酸飲みたかったんだけど、近くのコンビニ炭酸系全滅で!困るよなーそーいうの。で、仕方なく目ぼしいとこうろうろして、三軒ぐらい回ってようやく最後の一本残ったサイダー取ろうとしたらジュンに会っちゃってよ。こればっかりは譲れねえから仕方なくあっち向いてホイで白黒つけようぜって話になってさ。五回勝負で俺が勝って無事購入ってわけ。なーんと、二人にもお土産あるんだぜ!櫂には無糖のストレートティーでー、姉ちゃんにはこれ、ミルクティー!ついでにポテチとさきいかもありますよーっと…で、何で二人ともお互いそっぽ向いてるんだ?」




***
〜1123までの拍手お礼でした。

このあと三和くんは店内飲食禁止令を破った為にミサキさんに蹴られます←
暑さで(頭が)参っちゃった櫂くんと、暑さ(と唐突な爆弾発言)に参っちゃったミサキさんととばっちりな三和君でした。



121123
×