text | ナノ





ぶぶ、とマナーモードにしたままの携帯が小刻みに震えた。
滅多に履歴の残る事の無い白と淡いピンクのラインの這入ったそれを手に取り画面を開けば、部屋の灯りより一回り明るい光が四方形に灯る。決定ボタンを数回、押す。開かれたメール画面には、ただ単直なやりとりが、何処か事務的に連なっている。



『アマテラスを軸に組むのなら、竜魂乱舞のパックで必要性のあるカードはラックとサイキックだな。
サイキックはクリティカルもあるし、手札に来れば次のターンソウルに送って一枚ドロー出来る。ソウルを肥やして引ける、アドバンテージは十分だ。ここあ辺りでデッキトップを予め確認しておけば、タイミングを間違える事は無いだろう。
ラックはソウルブラストでドロー効果がある。ソウルはアマテラスやサイキックで溜まっているだろうから、確実に引ける筈だ。これもデッキトップがわかっていればかなり強い』



デッキの構築をきちんとしたものにしたいとシンに申し出た所、何故だか櫂を紹介されアドレスを交換する羽目になり、現在に至る。

最初はあの無愛想な彼に如何指南を乞えばいいものかと思っていたが、やりとりをしている内に、案外口下手なだけだと思えてくるのだから人とは見かけによらないものだ。
実際文章になって送られてくる内容はどれもミサキにとって有益なものばかりで、少しずつ自分に経験値が積まれていくのを感じる。


「ふーん、肥やしは多い方がいいって事か…」



『了解。サイキック四枚、ラックはソウルが減ったら弱くなるだろうから三枚ぐらいで入れておく。
他に組み込んでおいた方が無難なユニット教えて。さっきの文面だと、ここあは確実みたいだけど…』



予測変換がオラクルシンクタンクのユニットの略称だらけになっている事に苦笑しつつ、ぽちぽちと文面を打つ。今まではあまり慣れなかった動作なのだが、こうして何度も長文を構想して打っていると、自ずと指先がスムーズに動く。
送信を終えて、返信を待つ数十分がやけに長く感じる。無性に感じる空白感は何だろうか。早く自分だけのデッキを組んでファイトがしたいからだと、小学生のようなこじつけた理由で無理矢理思考を埋めて、時間つぶしの為の読みかけの小説を手に取る。

音楽もかけていない、紙を捲る音が無機質に響くだけの部屋。彩りの少ない其処にヴァンガードのカードが広がっているというのも、自分を少女趣味から遠ざけている理由になっているのかもしれない。ただユニット達を見て戦略を組むこの静かな時間が、とても緩やかで微笑ましく感じるのは確かで。
何処かの誰かに感化されてきているんだなぁ、とぼんやり思っていると、また小刻みに携帯が震える。



『バトルシスター繋がりならもかを入れておくといい。オラクルは他のクランと違って手札のアドバンテージを取りやすい。常にパワーがプラスされた状態のユニットが多い方が、展開が有利になる。
みるくも多めに積んでいいだろう。他も、もかと同じく手札の恩恵を受けるユニットは多く入れても無駄になる事は少ない筈だ。

トムは牽制の為に採用するべきだ。代わりに相手のターン、真っ先にアタックされやすくなる。ガードの事も踏まえて、手札を見てコールする事を勧める。
付け足すなら、ここあとアマテラス以外にもデッキトップを確認できるユニットがいた方がいい。それはまたショップで話す。

後はドロートリガーを多く積むよりは、クリティカルを積んだ方が勝負が決めやすくなるし、速攻性も上がる。ただその分ドロー出来る機会が減るから、実際にデッキを回してみないとわからん。
其処は戸倉のファイトスタイルに合わせるべきだと思う。』



また随分と長文が送られてきたものだと思う。とりあえず要約すると、もかとトム、みるくはある程度採用した方がいいらしい。トリガーの枚数も調整してみる必要がありそうだ。当分クリティカルを八枚投入したパワー型を試験運用してみようと思った。自分のデッキに足りないのは、もしかすると速攻性かもしれない。


それよりも。ふとした拍子に呼ばれた自分の苗字が、やけにくすぐったく感じる。
あまり苗字の方で呼ぶ間柄の人間は居ない為か、余計に気恥かしいような気がする。かといって名前で呼び合う間柄ではない自分達の関係を、如何表せばいいのだろうか。相談相手としては、何処か立ち入り過ぎている。



『じゃあ、今度試験運用の相手して。メリットは十分わかったから、回してみてか』



一瞬彼の名前を打ち込もうとして、躊躇う。妙な恥ずかしさと意地がもやもやと指を迷走させる。クリアかア行かで悩んだ結果、五月蠅い心音に負けてクリアを押した。ほっとした反面、何だか負けたような気がして面白くないが、気まずくなっても仕方がないと割り切った。



『じゃあ、今度試験運用の相手して。メリットは十分わかったから、回してみてアンタが如何感じたか教えてほしい』



送信しました、と簡素なメッセージが表記された携帯を閉じて、ベッドに埋もれる。
ぱらぱらと崩れるカードの纏まりを気にせずに、ミサキはあの時ただ曖昧に泳いだ指先をぴくりと動かすだけだった。




アンチロマンチックな親指


***
皇帝との会話からイメージ。読みにくかったらすみません。文面は一応個人的な戦略を並べてみたつもり。

時系列的にはまだツクヨミ軸にしてない頃のお話。でないと会話が成り立たん。


個人的に櫂君には赤いメタリック仕様の携帯を所望したい。
ストラップはオバロかネハーレンのガチャガチャ(200円)がついてたら面白いと思います(^ω^)



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