text | ナノ
先を見続けている事は容易く、また自身にとっても楽である。見据えるものがあれば人間、意外と単純に難解事を片付けてしまうものだからである。 だからといって今現在を捨てられるわけではないのだから、人生とはまた難しい。寝ていれば過ぎるのは時のみで、実績はついてこないのだから。
「っ、はーぁあ…」
がしゃんと重たい音を立てながら木の元に座り込む。額に走る汗は、彼の運動量と強い日差しの相乗効果で引く事を知らない。隣にへたれて座り込む赤いメタリックの相棒も、何時もの気丈な振る舞いは何処へやら、だらしなく舌を出して転がっている。
水だ水、と座った辺りの草むらをがさごそ漁るが、一向にそれらしいものに手が当たる事は無い。 また陽に当たりに行くのは避けたいところ。しかし欲する水があるのは、最短ルートでも城の入り口の噴水か中庭にあるリアンの憩いの場。前者は他の騎士達に見られれば一発退場を食らうし、後者は後者で嫌な顔をされそうだ。そりゃあ、誰しも己のお気に入りの場所に汗だくで来られたら傍迷惑だろう。
どうするか、と熱で回らない頭を抱えながらぼんやりと思う。
「うっわ大丈夫!?ほら水水!」
ばしゃっ!と顔面一杯に水をかけられた。ひんやりと顔の熱が引いていくのを感じながら開いた瞳には、おぼろげに深紅の束が見えた。 次に投げられたタオルで顔を拭ってから再度見れば、先程見えた深紅の髪束を風に揺らめかせるハイドッグブリーダーの、アカネが居た。
「全く、こんな陽気に水も無しに鍛錬なんて馬鹿な事してるんじゃないって!」
「…そーいう訳じゃないんスけどね……」
「そんだけへばってちゃあ説得力ないってば」
足元に擦り寄るといぷがるをもふりと撫でながら、アカネ。この暑さにその毛の量を見るのは視覚的暴力だとは思うのだが、といぷがるの細められた瞑らな瞳がいかにも幸せそうなので、何も言えずにブリーダーとハイドッグを見ているしかないリュー。それよりも、アカネは暑くないのだろうか。
「それにしても、最近とんと暑くなったよね。ハイドッグ達も水浴びが嬉しくて仕方ないみたい」
「甲冑着てると結構蒸れるんスよ。それに比べてアカネさんは随分涼しそうな格好で…」
言ってアカネを見た。大きく肩の出たノースリーブのシャツからは健康的な色合いに焼けた肌が、所々に日焼けの黒い痕を残しながら白い肌と境界を引いている。 比べてパンツは、シャープなものとはいえ無駄の無い作りのそれは通気性など皆無で、汗を逃がす術がない。
総合的に見ても、日射しを浴びている面積と暑そうな色合いでは自分と大差ない体感温度の筈。それでも彼女が涼しそうに見えるのは、一重にそれを見せないはにかんだ笑みと太陽への慣れだろう。
「そろそろ太陽にも休暇、取って欲しいッス…」
「毎日晴れてるのは良い事じゃん。ま、こー暑いと流石に雨の一つでも降って欲しいぐらいだけど」
雲一つない空は嫌気がさす程快晴で、じりじりと照りつける日射しを隠すものは全くない。それ故にこうした木陰が真逆に冷えて過ごしやすくなる。
ここ数日雨の恩恵を受けていないロイヤルパラディンの領域は、水にこそ困りはしないものの、この身を焦がさんばかりに浴びせられる日射しにあまりいい思いは無い。勿論陽光と降雨は植物にも生き物にも無くてはならないものだが、それ等も総じてバランスが崩れてしまえば、一気に鬱陶しいものへと変貌する。
「あー、俺達の中で雨乞い出来る奴って居ましたっけ?」
「ソウルセイバー様に頼むのは恐れ多いし…そもそもあのお方って雨雲サーチなんて出来たっけ?」
「サーチならぽーんがるですけどね」
「あの子はソウルセイバー様を見つけるのが得意なだけだから、天候操作ができる訳じゃないよ」
「俺が思いつくのはエポナなんスけど、アイツ悪戯っ子だからなぁ…妖精だからって祈祷に通じてるとは限らないし」
「うーん難しいねー。最終手段はオラクルシンクタンクにでも依頼するしかないかぁ」
同じユナイテッド・サンクチュアリに存在する隣国のオラクルシンクタンクならば、雨乞いも晴れ乞いも一発でこなしてしまう魔術師がごろごろ居るだろう。此方は武力あちらは術力と、自国の能力的に相互関係にあるオラクルシンクタンク。其処にほぼ無償で依頼が出来るのは、幾度数えてもロイヤルパラディンの団体だけだろう。
「みるくちゃんにでも天気予報してもらおうか」
「晴れって言ってくれればいいんですけどね」
外れを引き当てる事に関しては他の社員達よりも一級品の才能を持つみるくに依頼をすれば、ほぼ確実に雨が降る。実質雨乞いと同じようなものなのだ。加えて続く晴れ日和。これならば彼女が「明日も晴れます!」と予報しただけで、瞬く間に雨垂れが木々やリュー達を打つだろう。
そうと決まれば話は早い。アカネに擦り寄るといぷがるにさらさらと雨乞いの旨を綴った信書を持たせて、隣国へと向かわせた。離れている界隈ではないから、もう二、三日もしたら、しとしとと雨粒が恵みを齎してくれるだろう。多少湿気臭くなるが、それすらも厭わない程の恩恵。
「さーって!あたしはもう少し皆の調整に戻るかなっ」
「…何か、俺達だけで勝手に決めちゃってよかったんスかね?」
「大丈夫でしょ。それに、皆この方が幸せになれるもんだよ!」
たんっと足取り軽く訓練場に戻るアカネの一言の真意を知るのは、そう遠くない日。
シュレディンガーの中身を知るあの子
(今日は雨か) (これで民も渇きを潤す事が出来ますね。勿論、こんな天気に職務をサボるだなんて、しませんよね?) (…………)
(今日は外で練習が出来ん) (こんな日ぐらいちょっとは身体労わってやれって。おら紅茶) (……甘い。それに蒸らし過ぎだ) (人が折角淹れてやったってのにケチつけんな!)
(今日のリアン、とっても嬉しそう!) (ええ、それはそれは、とても嬉しゅうありますよ。だってほら、こんなにも私の恵みが降るんですもの) (此処暫く晴れていたからね。やっぱりたまには、雨の日があった方が嬉しいよ)
*** 結構前に上げたまま放置していたものを発見。
某企画のキャラの欄にリューとアカネを見かけて滾ったので。あんまりこの二人である意味がない気がするのは気の所為。 下でごにょごにょやってる方々はイメージしてやってください。
アニメでアカネちゃん喋ってましたが、拙宅では元気で明るい長女辺りでイメージ。リューはよく居る舎弟タイプ。
120512
|
|
|