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レオンがアクアフォースの海軍兵


 双眼鏡の先、穏やかに揺れる波を数回の瞬き分見つめたレオンは、“針路に異常なし”の意を伝えるため、甲板に足をつけるカモメ兵に向かって右手を上げてサインを送る。連絡を受けたカモメ兵は、それを司令室へと届けるために小さな翼を羽ばたかせ、姿を消した。

 艦のあちらこちらで軍服を纏ったアクアロイドたちが待機位置にて見張り番をしているが、その気配はまったくといっていいほど肌に感じることはない。

「今日も静かですね」

 そっと音もなく傍らに寄ってきたソティリオが、存在を示すかのようにぽつりと呟いた。
 ここ数日この船を襲うのは海賊や深海生物の脅威ではなく、嫌気のさすほどに燦々と降り注ぐ灼熱のカーテンであった。暑くなった、寒くなったと実感する者たちは惑星クレイでも珍しくない。が、気候が移り変わり人間世界でいう『夏』になったのだと明確に認識しているのは、このクレイ広しといえど極少数の権力者、戯れに人間界を覗き込む科学者、動植物と共に生きる守護竜の園の住民、そして温度の変動によって住処の変わる生物と暮らす自分たち海軍ぐらいだろう。
 生ぬるい海水にラッコ兵は偵察が終わると早々に艦内の水槽に戻るし、いつもは美容のためにと回遊散歩に出かける戦場の歌姫たちも流石にこの水相手は御免らしく、任務以外で出回ることは少なくなったように思う。変わらずはしゃいでいるのは、アクアロイドの中でも異端気味に太陽を好むマックスと、マスプロ・セイラー“たち”や小さなティアードラゴンのようなお子様思考を持った者ぐらいである。

「このところ時化も嵐も来ていないのが気になりますね」
「海や風が荒れないのはいいことだろう。それにソティリオ、お前は静かな方が好ましいのではないか?」
「それはそうですけど、僕の主義と海のそれがまったく同じであるわけはないでしょう。緩やかに満ち引きするときもあれば豪雨や暴風と共に荒れ狂うときもある。今はそのどちらにも傾いていないから、少し警戒した方がいいかもしれない、ということですよ」

 変化しないならそれが一等ではないのかと問われれば、ソティリオは黙って首を横に振る。変わらないことは確かに美しいが、それ以上に恐ろしい。
 ソティリオの視界に広がる静寂の同胞が、いつ嵐と共に反逆の牙を向くかは彼にも、どころか階級の高い者たちにも、艦に搭載された百戦錬磨の人工知能にも、正確に予知することはできない。共存するにはお互いを深く知り得なければならない。しかし上手く付き合っていくには程よい距離間で、必要以上に深入りしないこともひとつ。
 海のことを知れば知るほど、我等にとっては正義を行使しやすい環境になる。だが安寧の維持と奪還に付き纏う犠牲は、身内だけでなく海すらも汚す。故に、その術を共生のために利用しても、掌握しようとまでは誰も言い出さないのだ(考える者が居ないとまでは断言できないが)。

「とりあえず、他のカモメ兵に空から偵察するよう声をかけてきます」
「なら俺は海流が変動していないか、ティアードラゴンの子等に確認してこようか」

 これが嵐の前の静けさでないことを願いながら、二人はそれぞれ反対方向へと重い靴底を鳴らした。
 特に急ぐこともなくゆっくりと甲板を歩くレオンは、暑さを和らげるように凪いだ潮風に誘われるまま海原を見た。紺碧と白、空を濃く写し取った色が、ゆたりゆたりと波紋を描く。そろそろ陽も天辺に登り、キッチン・セイラーやマリカが昼の食事を告げ出す頃だ。最近は荒れない海のおかげで、ばたつくことのない至って平和な食事にありつけている。とても良いことだ。

 今日もそうであれと願いつつ、ソティリオの言葉を思い出しながら、金の髪の子供はくつりと意味深げに、懐かしむように笑った。

「この海は、蒼の名を冠す竜たちよりも、ずっと気まぐれだものな」



***
ソティリオなのは趣味です。
レオン様お誕生日おめでとうございました!



蒼穹の間より綴る哲学
150824
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