text | ナノ



ちったいガンバスとテンペストとビッグバン


 「ただいまぁ」と玄関から聞こえてきた帰宅を告げる声に、声の主の部屋でトランプを弄っていた、赤と黄色を纏った竜――ガントレッドバスター・ドラゴンと、青い稲妻を彷彿とさせる竜――テンペストボルト・ドラゴンは、慌てて手札を置いた。結局勝敗がつかず仕舞いになってしまったが、そんなのは後の暇につければいい。
 部屋の扉に近づき、お互いに協力して扉を開けると、ぽてぽてと短い足を一生懸命に動かして階段を下り、玄関へと向かう。言葉だけならば子供の徒競走のような印象を受けるが、実際走っているのはそこかしこが尖り、おっかない武装を纏ったドラゴンたちであることを忘れてはならない。
 一方、靴を脱いでひとつ伸びをした家の住人であるナオキは、自身の帰宅に対して声が返ってこないことに、ん? と頭を傾げたが、そういえば今日は両親のどちらも出張と旅行で、明日の午後まで自分ひとりだというのを思い出して、すぐに納得した。少なくとも今日は脱いだ靴を揃えなくても怒られることはないのだが、わざわざしゃがんでまで踵を揃えてしまうのは、幼い頃からの習慣が根付いているからだろう。
 と、二階の階段からふたつの足音が降りてくる音がナオキの耳に入った。人間のものほど重たくはない。柔らかな着地音に混じる、床を叩く爪の音。普通の人ならば猫や室内犬の足音と感じるだろうそれは、ナオキにとっては別の生き物のものとして聞こえている。

「ナオキッ」

 階段から飛んできた物体をうまいことキャッチし、その後足元に寄ってきた方も掬い上げる。

「よく帰ったな、我が主」
「おう!」

「おかえり、でいいんだよな?」

「そうだぜ」

「おかえりナオキ!」

「ただいま!」

 さっきまで今日は一人だなぁ、とぼんやり考えていたナオキだったが、相棒たちからかけられたその言葉に、むずむずとあったかい気持ちになる。
 二匹が主人の帰宅に喜んでいると、不意に足元の鞄がもぞりと動き、一枚のカードが這うように出てくる。光を纏いながら、ナオキに群がる彼等と同じぐらいのサイズに形を変えたそれ――ビッグバンナックル・ドラゴンは、顕現するなり一言吼えた。

「お二方! オレも坊主も腹減ってんだ! きゃいきゃい騒いでねぇで、さっさと飯食わせろ!!」

 下から一人と二匹を見上げるように声を上げるビッグバンナックル。カードイラストそのままの体躯であれば威厳もあっただろう怒気は、しかし本人のデフォルメされきったサイズのせいで、まったくといっていい程感じられなかった。ナオキの腕に抱かれたまま、下のビッグバンナックルを見下ろしたガントレッドはちぇっ、と舌打ちして、不機嫌そうに小さな翼をはためかせた。

「お前はナオキと学校行って来たんだからいいだろー」

「うむ。最近は『れぎおん』? とやらが主流と聞いたぞ。貴様には活躍の場があるのだから、少しばかり我等が戯れたところで貴様の待遇には及ばぬと思うが」

 ガントレッドの言い分に頷く形で、テンペストも言葉を足す。

「うぐ……っはん! それでも今坊主と居るのはオレだってことを忘れるなよ! 所詮リミットブレイクなんざ追い詰められなきゃ使えねぇ諸刃の剣じゃねぇか!!」

「何を言う。貴様の『れぎおん』こそ、相手がグレード3でなければ使えぬのだろう? 相手のライド事故やグレード2止め戦法には滅法弱いではないか。何事も自分が一強だと思うのは弱者の妄言ぞ」

「それにぃ、オレたち新しいお友だち増えたしぃ? 同じ抹消者仲間だしぃ? サポートもビッグバンよりオレとかテンペスト先輩向けだしぃ? 強い能力持ってるからって、あんまり侮らないでよねー!」

「あー腹減った」

 毎度のことなのか、やいのやいのと騒ぐ三匹の仲裁に入ることもなく、ぽつりとナオキがそう呟いた。その瞬間、煩かった玄関口が一瞬にして静まる。渋々口を噤んだわけではない。ナオキのその一言に、あるようでないようで、やはりどこかにあるだろう耳(もしくは聴覚)をすませたのだ。抱えた二匹を下ろして、ナオキは三匹全員と目を合わせる。

「お前等も夕飯一緒に食おうぜ。一人じゃ静かだし!」

 な! と笑顔で言われてしまえば、その場の誰も主の決定権には逆らえない。結局、どれだけ講義しようが騒ぎ立てようが、この男には歴戦の抹消者たちも喧嘩屋も勝てない、という話である。



太陽の一声
150419(ナオキくんおめでとう!)
×