text | ナノ



 なんとなく、本当になんとなく、櫂にメールをしたくなった。けれど突発的な感情故に、用意された文章も話題もなくて、苦し紛れに「明日暇?」なんて、ナンパするみたいな文面を打って送信してから、かれこれ十五分経つ。見てないのか見れないのか、無視されているのか。少なくとも最後はないと信じてる。
 シンさんに促されて嫌々、一風呂浴びて部屋に戻ってくると、チカチカ光る携帯のランプ。髪の水気が滴るのも気にせず、がっつくように携帯を手にとって、受信画面を開く。「ファイトか」……こいつの脳内にはそれしかないのか、と思わず携帯を握り締めた。そこは普通デートの誘いか、ぐらい訊いてきてもいいんじゃないの。……デート、か。……自分で考えて恥ずかしくなるなよ、あたし。
 どう返信しようか迷って(こんなにも鈍感野郎だとは思わなかった)、話を振った側から切るのはちょっと、と思ったので、仕方なしに返信画面を開く。「そういうことじゃないんだけど」素っ気ないだろうか、いや、仮にも彼氏に予定の有無を尋ねたというのにあの内容が返ってきたのだから、これぐらいどうということはないはずだ。できればこれで悟ってほしい。わざわざ自分から、ああしたいこうしたいと我が儘言えるほど、あたしは素直じゃないんだ。
 就寝前のホットミルクを準備するぐらいの余裕ができるほど、たっぷりと時間を空けてから、ぴかりと着信ランプが灯った。カップを片手に、画面が消える前に開いてすぐカチカチと弄る。「誤解のないよう確認するが、デートの誘いで間違いないのか」ごふっ。思わず噎せた。それなりに熱を持ったミルクが喉に引っ掛かって、少しぴりぴりした。あたしが噎せたことに、一階からシンさんが大丈夫ですかー、と間延びした声をかけてくる。何度か咳をして平常心を整えてから、平気だと怒鳴るように伝え、もう一度画面に並ぶ文字を見る。いや、その一文に間違いはないし、あたし自身そのつもりで送ったのが最初の予定を訊ねるメールなわけだけど。いざこうもストレートに投げられると、曖昧な誤魔化しなんてできなくなって、イエスかノーかの二択しか返せなくなる。わかってやってんのか、櫂の奴。無意識ならそれはそれで腹立たしいけど。
 あたしから誘った、なんて、性格となけなしの恥じらいが許すわけもなくて、「バカ」の二文字だけを性急に打ち込んで送り付けた。放った携帯が放物線を描いて枕に着地するのを見届けてから、カップの残りを一気に飲み干す。まだちょっと舌と喉が痛い。それもこれも全部櫂のせいだ。とぼけたふりなのか真面目なのか全く読めない言動に、いつもあたしが振り回される。そのくせ、あたしがアイツのことを優先しないと拗ねるし、今みたいに大概のことはヴァンガードに繋げようとする、どうしようもない奴。それでも嫌いになれないのは何故か。結局のところ、あたしがどれだけ罵詈雑言を並べて、ふざけるなって引っ叩いてああだこうだと不満を連ねたとしても、あのほぼ無表情野郎が薄く浮かべる笑みと、あたしを呼ぶ声には勝てないのだ。恋は面倒だと云うが、まったくもってその通りである。でも、その面倒を塗り潰すくらい幸せを感じられるのは悪くはないと、あたしは思う。
 震えた携帯に手を伸ばす。こんなやり取りを長々と続けているのも阿呆らしい。仕方がないから、あたしから言い出してやろうと受信内容を見て。

「10時に迎えに行く」

 恥ずかしくなって、あたしはまた携帯を放り投げた。



今日も世界は君で揺らぐ

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