text | ナノ



 平日であろうと休日であろうと、駅前の通りにあるゲームセンターは沢山の機体が音を鳴り響かせている。昼夜問わず、甲高い電子音やキャラクターのボイス、リズムゲームから流れる流行りの音楽が混ぜこぜになった、あまり心地よくない、しかしそれでいてどこか惹かれる大音量が客を呼び込む。
 天気も良く、絶好の外出日和な土曜の昼下がり。外を歩く人々の足が洒落た喫茶店やレストランに向かう頃、とあるゲームの筐体に食い付く一人と、離れてそれを見る一人が居た。


「ぐぅー……んー……」

「…いつまで居座る気だ」

「だってよぉ……」

「何をそんなに粘る必要があるのか、俺にはわからん……」


 べったりとガラスに張り付いて中の黄色い猫のぬいぐるみを睨むナオキの一歩後ろで、レオンは頭を抱えていた。
 漸く覚えたメールを通して遊びの約束を取り付けられた今日。気のせいか寝不足気味に見えるナオキの案内で連れられた店は、どれも自分ではなかなか行かない雰囲気の場所ばかりでとても新鮮であった。昼食はファストフードの店でポテトを半分にしたりお互いのドリンクを交換したりと、レオンにとっては慣れない体験ばかり。一動の度きょとんとする自分を見て、驚いたり茶化すように笑うナオキを何度見たことか。
 その後もきょろきょろと辺りを見回し、どこか不審げなナオキに連れられるがままに町を歩く。あちらこちらで行き交う人の声が道を埋めていた。と、ふと通りかかったゲームセンターに何を思ったのかナオキが進行方向を変えた。驚きながらも彼の背中を追って店に入れば、違う空間に来たかと錯覚するほど耳に入る音が外と切り替わる。軽い頭痛を覚えながら店内を進んだ先、電子音と人の騒がしい中やっとのことで見つけたナオキは、小銭を握りながら「クレーンゲーム」と書かれた筐体にへばりついていた。

 こうしてナオキが筐体に張り付いてから、かれこれ三十分は経つ。あまりにも長く筐体を占領しているからか、はたまた(一般的に見て)目つきの悪い不良が顰めっ面で唸り声をあげているからか、二人を横目で見ていく客がちらほらと居た。慣れない場所と人の視線に若干居心地の悪さを感じているレオンだが、そんな彼の心境など露ほども知らないナオキは、尚もガラスの向こうのぬいぐるみと睨めっこを続けている。


「取れないのなら諦めるしかないだろう」

「あとちょっとなんだって! ほら、首輪んとこ引っ掛かれば落ちそうだろ!」


 ナオキの指差す先では、動かしたことによって転がった、クールなつり気味の目をした黄色い猫のぬいぐるみが、じとーっとガラス越しにこちらを見ていた。落とし口に半分ほどかかった状態のぬいぐるみは、確かに首周りの隙間にアームを差し込んで転がせば落ちそうな状態ではある。しかしそこから何度アームを動かそうとも一向にぬいぐるみが転がらないのを先程からずっと見ているため、ナオキの熱弁に返す言葉は諦めてしまえばいいというニュアンスを含んだものばかりである。ファイトの待ち時間なら兎も角、こうもナオキばかりが熱中していると、自分が蚊帳の外にされているようであまりいい気分はしないというのが本音でもあるが。


「そうは言うが、先程から何回小銭の両替に動いているかわかっているのか?」

「べっ、別にいいだろ! 俺の小遣いだし!」

「無駄にするなと言っているんだ」


 ナオキの一度決めたらてこでも曲げない性格は理解していたはずなのだが、彼自身にあまり散財するような印象を持っていないということもあってか、一心に小銭をゲームに吸い込ませている姿は何だか意外に感じる。だが、ぬいぐるみに向ける視線はファイトの時と変わらず真っ直ぐで、諦めるという言葉を知らないぐらいに熱い。自分にはこんなものに熱心になるナオキの心情は理解できない。しかし場面は違えども目の前のことに懸命になる彼の姿に、レオンは妥協するように暫し考えた後、溜め息を吐くように告げる。


「……お前が今両替しに行った分。それまでだ」

「…! おう!! ぜってー取ってやるからな!!」


 レオンの言葉に嬉しそうにに頷き、また視線をゲームに戻すナオキ。お人好しも大概にせねばと自分の言動に呆れるレオンだが、その表情は先程よりも柔らかい。友人、という関係はまだ慣れないしこそばゆいが、気兼ねなくものを言い合える仲も悪くはないと、眼前でぬいぐるみ相手にはりきる男の背中を見て思った。

 何回目になるかわからないコイン投入の音につられてケースを覗きこんでみると、ぐらぐらと不安定に揺れるアームが首輪を捕らえきれず滑っていくのが見えた。歯軋りしながら再度アームを動かすナオキ。先程よりもずぶりとアームが差し込まれたが、少しばかり位置が移動しただけ。これでは取れまいとレオンが無駄な努力になるであろうナオキの労力と財布の中身に同情した瞬間。


「おっしゃー!!」


他のゲームの大音量に負けないほどの叫び声に、瞑っていた目を開ける。喜びに溢れた表情で嬉しそうにくるくるとその場で回るナオキと、その腕の中には例の黄色い猫のぬいぐるみ。本当に取れたのか、唖然としているレオンの元に駆け寄って、見せびらかすようにぬいぐるみをちらつかせるナオキ。ご満悦という表現がぴったりなほどはしゃいでいる。


「見ろよレオン! ちゃーんと取れたぜ!!」

「そ、そうだな……しかし……」


 眉をひそめて辺りを見回す。周囲の視線が、小学生のように大きな声をあげて喜ぶナオキに向いているのだ。自分だけでもさっさと逃げたいが、原因であるナオキを置いていくわけにもいかない。かといってこの場で彼のボルテージが下がるのを待ってもいられない。止むを得まいと判断したレオンは、ぬいぐるみを抱いて満面の笑みを浮かべるナオキの腕を強引に掴み、店先で駄々を捏ねる子供を連れ出す母親の如く脱兎でゲームセンターを後にした。



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