text | ナノ



季節は過ごしやすかった春から、僕たちアクアロイドにとって恵みでもある雨の降る梅雨の時期を抜けて、夏になった。睨み付けるように甲板を歩く僕を見下ろしてくる太陽が少し気に食わなかったけれど、無駄なことを考えたくはなかったからひたすら無心でいようとした。軍服の生地が潮風をシャットアウトするせいで暑さばかりが頭の中で訴えられる。余計なことは考えないように、考えないように。


「…………あ、」

「ん?あぁ、シューターか」

「どうも、テオ兵長」


意識がずれていたらしく、ふらふらと歩いていた僕は目の前の影にぶつかりそうになった。慌てて見上げた先には、ライトグリーンの髪を揺らした兵長が居た。相変わらずぽやっとした表情で僕を覗き込んでくる兵長に大丈夫ですと不機嫌気味に答えて距離を取る。逃げるように退いた僕に、腰を折っていた兵長はすっくと身を起こしてから小さく笑う。


「上の空のように見えたが大丈夫か?忘れ物でもあったか?」

「そこまで抜けているつもりはありません」


若干むすりとした返しになってしまったのは兵長の言葉選びが下手くそなせいにしておこう。一瞬口元を引き攣らせた兵長はもう一度僕を見て、徐に軍手を取った右手で額に触れてきた。ひんやりとした兵長の手は冷却剤のように気持ちがいい。


「熱はないみたいだな。幾らアクアロイドといえど、体調管理は自分でしっかりしておかないとだぞ」

「…別に、怠ってなんかいません」

「俺にはこの日差しでふらついていたように見えたが?」

「…………すみません、意地を張りました」


言い訳を許さないような口振りに竦むしかなくなる。か細く呟いた謝罪に満足したように、兵長はぽんと僕の軍帽を被ったままの頭を撫でた。そのまま子を連れるように僕の短い手を掴んだ兵長は、鼻歌混じりに甲板へ。相変わらずじりじり焦がしてくるような暑さに顔を顰めると、隣の兵長はぱっと僕の軍帽を取り去った。ざぁっと海の香りを掠ってきた風が、蒸した頭を冷やすように吹き抜ける。帽子がなくなったことで直射日光を浴びているというのに、不思議と無関心を決め込もうとしていたときよりも気にはならなかった。


「シューターは真面目だな、暑さに参っているなら上着ぐらい脱いでもいいだろうに」

「何のための軍服ですか」

「確かに意志や規律は大事だし、重んじなければならないものさ。だからといってそれを成すために必要な己に不備があっては示しがつかないだろう?」


体調管理も兵士の常識だと、兵長は目を細めて言う。昔は無鉄砲な戦い方をしていたと噂に聞く兵長がそんなことを諭してくるなんて意外に思ったけれど、その細めた深い色の瞳の奥に見えた存在に、彼にとってそれを教えてくれた何かがあったんだろうと、何となく悟った。それが仲間なのか、或いはもっと違う存在なのかまではわからなかったけれど。


「……僕にもできますか、兵長みたいな生き方」


決死隊といわれる部隊の僕にも、兵長みたいな歩み方はできますか、と。浮かんだ疑問を振り払うことをせずにぶつけた。少しばかり驚いたように目を開いた兵長は、次にはにかりと無邪気な先輩らしい笑みを作って言った。


「守るべきものが増えた奴は、強いんだ」



***
長い間拍手のお礼でした。お疲れお二人。丸一年経ってました。
こっそりとテオ→クレアだったり。そういえばこの二人で書いてないや…


140605 手直し
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