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新人Bは豆府がお好き( 文スト)







「豆府が食べたい」

 某日、職務に暇の出た探偵社にて。
 紅色の着物に黒髪のおさげを垂らした少女の呟きに、静かだった社内の空気がざわっと揺らいだ。特に大きく反応したのは敦で、次いで国木田だった。敦からすれば豆府とは厳かな雰囲気の料亭で振舞われる高級品の印象が強くなってしまった為か、半ばトラウマのようにかたかたと震えている。其処に同席していた国木田も、金こそ払ってはいないが、大層な額が新人のなけなしの財布から出ている光景をまた見たいとは思えなかった。彼の場合は恐怖と云うよりも同情で震えていた。

「豆府が食べたい」
「き、鏡花ちゃん……? それはあのー……」
「橘亭の豆府が食べたい」
「やっぱりですよね!!」

 探偵社にて未だ個別の仕事を与えられていない鏡花に十分な経済能力はない。現在はアルバイト感覚で、社の雰囲気を掴んでもらうために誰かに着いていかせ、雑用代わりの伝いをしている。行く行くの探偵社に於ける期待度が高い新人と云うことも相俟って、扱いは慎重なのだ。

「お願いだからあと一週間待って……今月カツカツなんだ……」
「……そう……」

 死にそうな顔と呻き声の懇願に、鏡花もばつが悪そうに俯いた。自分へと手を差し伸べてくれた敦を助ける道理はあっても、負担をかける理由はない。ちょっぴり寂しそうな目をした鏡花を垣間見てしまい、敦も敦で如何したものかと悩んでしまった。

「何も、外に食べに行くのだけが食事ではないと思うのだがね、私は」

 と、口を挟んだのは珍しく自殺スポット巡りに出かけていない太宰である。無論書類整理を手伝う等と云うことはなく、社内をふらついては珈琲を嗜み、来客の居ないソファで新聞に目を通しているのだが。

「安心し給え敦君、美味しい豆腐の安売り特売ぐらい、我が探偵社が把握していなくて如何すると云うのだ。ねぇ国木田君?」
「薄々嫌な予感はしていたが、矢張り実働は俺ではないか! ……まぁいい」

 安心感すら覚えるやりとりの後、懐から何時もの手帳を出した国木田は、紙を数頁捲った先の内容を確認し、机(デスク)に備え付けているメモ帳へとボールペンを走らせた。ピリ、と剥がされた其れを敦が受け取る。幾つかの店名が走り書きされていた。

「此処一帯で、今日特売をやる店だ。其れなら給料日前でも買えるだろう」

 買い与えるまではしないが、情報は渡す。国木田なりの同情と親切心だった。其処を深く勘ぐることもなく、メモを受け取った二人は頭を下げる。
 時計を見てぱたぱたと社を後にする新人二人の背中を見て、太宰は意地悪そうに微笑む。

「素直じゃないね」
「何がだ」
「本当は奢ってあげたかったんじゃなくて?」
「……何を勘ぐっているのかは知らん。……が、書類の上に乗るな!」





ノリ的にはこんな感じかなぁ、と。個人的にはこのあと半纏でお鍋してる敦くんと鏡花ちゃんの一枚絵(表紙)に繋がる気持ちでいました。
自分が彼らのキャラ性を把握しつつこんな扱いするぞオラァみたいなお試し?指標?みたいなものです(続きを書くとやっぱり飯ネタになるので回避したかったとは言えない)。

所々漢字が飛んでて片仮名ですがご愛嬌ということでひとつ。




2016/06/16


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