牛島若利といえば、高校生でバレーをやっている人なら誰でも知っている。と思う。
全国で、スパイカーとしては三本の指に入るレベルの実力。ここ白鳥沢学園のバレー部を、県内の大会では毎回必ずと言っていいほどに優勝へと導いている、もはや欠かすことなどできない人物。全国大会でだって、その存在感は凄まじい。
きっと、いずれは世界で戦うことになるのだろう。
そんな人の隣にいる、ということに、私はまだ慣れていないし、慣れることなんてしばらくできそうもない。


夕方、もうすぐ夏だからかまだ空は明るかった。
まだわずかに残る照れと心の中で格闘しながら、自分の前に立つ人に対して、私はゆっくり口を開いた。


「わ、若利くん。おつかれさま」
「ああ…みょうじ」


お前も、とすこしだけ労わるような響きを持った言葉が続けられた。私を見る若利くんの目はいつもどこか優しい。頷いて笑顔を返した。


ーーー私の部活は今日ははやめに終わったので、たまにはバレー部を覗いてみようと体育館の近くまで来たのだけれど…私が行ったときには、どうやらもう片付けにはいってしまっていたらしく。
どうしようかなぁと体育館の前で迷っていた私に気づいたようで、若利くんは他の部員より一足早く出てきてくれたのだ。
少し前までは、離れたところから応援するしかできなかった私だけれど、こうして彼女として大事にしてもらえているのがなんだか未だに信じられていない。夢のようというか、なんというか。告白したのは私で、そこからはじまったこの関係だけれど、ちゃんと私は彼女なんだなぁ、と思う。

そうして、私がささやかな幸せに浸っていると。


「お疲れ様です…ん?」
「あっ、牛島さんの」
「わぁこんにちはー」


若利くんの後ろから、どうやら片付けを完全に終えたらしいバレー部員たちがどやどやと出てきた。だんだん私のほうも大体顔を覚えてきたから、はじめのときほど緊張もしない。こんにちは、お疲れ様です、と返しているうち、みんないなくなる。私はもうちゃんと若利くんの彼女として認識されているのだ、そう思うと嬉しい反面なぜかどこか後ろめたい気持ちがある。
あと体育館に残っているのは一年生で、たぶんしばらくしたら鍵を閉めて帰るのだろう。
若利くんはそういうのをだいたい確認してから、私のほうに向き直った。


「もう帰れるのか?」
「うん!荷物ももう持ってきたよ」
「そうか」


頷いて、若利くんは一度私を見やって歩き出した。行くぞ、ということらしい。私は慌てて歩き出そうとして、ふとその足を止めた。
…頼もしいっていうか。私には想像も出来ないくらいに、なんだかいろいろなものを背負ってなお進む、私が遠くから見続けてきた、若利くんの背中。それが目に入って、やはりどうしても考えずにはいられないことがある。


「どうかしたのか?」
「いや、その。
…私、彼女になれて、よかったなって」
「…………?」
「あっやっうん、今更なんだけど!」


振り向いた若利くんは首を傾げた。へんなかおになっている。…そりゃそうか、意味わかんないよね。このタイミングで言うことじゃないし。恥ずかしさで穴にでも入りたい気分でいると、若利くんは「また突然だな」と言って、立ち止まっていた私のところへ近づいてきた。相変わらず優しい目が私を見据える。なんだかいたたまれなくなって、私は焦った。


「っなんか、こう、ほら!若利くんの背中見てたら、考えてたこと全部どうでもよくなっちゃって…」
「考えていたこと?」
「あー…私が若利くんの彼女でいいのかな、とか、そ、そういう…こと…かな?」


予想外にはやい切り返しにびっくりしてそう答えると、若利くんは今度こそ呆れた顔をした。


「最近時々考え込むような顔をしていたのは、それか」
「え」
「何かと思っていたが…」
「……」


…私、考え込んだりしてたっけ。してたのかな。
気づかないうちに、若利くんに気を遣わせてしまっていたようで、どうにも申し訳なくなる。
ーーだけど。仕方ないとも思うのだ。若利くんのそばにいる人として自分がふさわしいのかどうかがわからない、だからどうしても不安になる。告白した私が言うのもなんだけど。
ただ若利くんのそばにいるときは、時々そんなことどうでもよくなって、それがさっきで。


「みょうじ」
「ん?…っ?!」


名前を呼ばれた次の瞬間。若利くんの大きな手が、そうっと私の頬に触れた。その唐突な行動より何より、あまりにも優しい手つきにびっくりして固まっている間に、視界は若利くんでいっぱいになる。


「俺は、お前がいい」
「!!」


滅多に聞けない、というかいままで全く聞いたことがなかった、若利くんのストレートな発言に思わず固まっている間に、私の唇は若利くんのそれに捕まっていた。
ーーー不安にならなくていい、ふさわしくないなんてことはない。体育館の陰に隠れての若利くんからのキスは、私に、そういうメッセージを伝えてきてくれていた。ひとつひとつ言葉にするよりたしかに手っ取り早いけれど、なにぶん慣れていないので私はもう真っ赤である。
ああはずかしい見られたくない、なんて思いながらそっと目を開くと、若利くんの頬にもわずかに赤みがさしているような。
私がじっと若利くんの頬を見つめていると、ぜんぶ夕日のせいだとでも言いたげに、若利くんはまた歩き出す。
そんな様子に思わず頬を緩めてしまいながら、私は慌ててそのあとを追った。




thanx:もなかさま

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