髪の毛先が、うしろから誰かに触れられている感覚がした。またか、とは思うけれど正直言えばそれは嫌なものではない。くるくると指に巻きつけてみたり、すこしみだれたのをするすると梳いてととのえてみたりとどこか楽しそうな動きを感じた。
じっとして、されるがままでいると、うしろからちいさく笑う声がした。


「なまえはもしかして、俺に髪触られんのがすきだったり?」
「っ!!」


とりあえずぶんぶんと首を振るが、授業中だから、振り向いて続きの文句が言えない。それがわかっていて、この黒尾鉄朗という男はこんなことを言うのだ。私にだけ聞こえるよう調整された絶妙な声のボリュームが、何よりの証拠。
無性に腹が立って、そしてだんだん恥ずかしくなってきて、私は頭を振り鉄朗の手から逃れた。くくっと笑う声が耳に入り、何度目かわからないけれど私は自分の席替えのくじ運を恨んだ。


黒尾鉄朗とは付き合いはじめてもう長く経つ。初めの頃こそ、鉄朗には照れている様子がたまに見られて可愛らしいものだったのだけれど、慣れてきたのか最近じゃあこんな感じで私をからかっては楽しそうにしている。なんていうか、付き合うようになる前のような絡み方。
鉄朗のことは別に嫌いじゃないっていうかもちろん好きだし、こうして鉄朗と前後の席になれたことは私もやっぱり嬉しくはあるのだけれど、それとこれとは別だ。教室で、しかも一番後ろの隅っこともなれば人目もあまり気にする必要がなくて、鉄朗のちょっかいの頻度はすごく多い。
休み時間になった途端ばっと振り向くと、鉄朗はいつもの、ニヤリという言い方がふさわしい笑い方をしてこちらを見ていた。体の向きを横にするなり私は口を開いた。


「鉄朗。そのトサカ切るよ?」
「切るな。…仕方ねぇだろ、席前後なんだから」
「何が仕方ないの!」
「ほら、これまで俺ら、こんなふうに近くの席になったことなかったじゃねえか」
「…だっけ?」


首を傾げ考えてみると、確かにそうだった。たしか2年から同じクラスだけれど、1度も無い気がする。以前までは、近くになれたらいいなぁなんて考えたりもしてたけど、あまりに毎回席が離れるのでいつしか席替えを全く気にしなくなっていた。
そういやそうだね、と言った私に、鉄朗はかるく頷いてみせた。そこでぴんときた私は、鉄朗のまねをしてニヤリと笑った。


「ふふ…あれですか鉄朗君、念願の私と近い席になってテンションあがっちゃってるんですか」
「そうだ」
「え!!!」
「…ぶはっ」


からかうつもりで言ったのに、あまりにもあっさり認められてしまいびくつく私に、鉄朗は思い切り吹き出した。その後もしばらくけらけら一人で笑っていて、私はむかっとしたけれどももうなんだかなにを言ってもこの人に太刀打ち出来る気がしない。悔しい。だまってじっと睨んでいると、鉄朗は「悪い悪い」と笑った。その後すぐに、あっと何かを思い出した、というような顔をした。…どうしたのだろう?


「そうだ、今日部活たぶんはやめに終わるから」
「ん?あーうん。なんで?」
「体育館整備?みてーなやつがあるんだと」
「へえー。じゃあ靴箱のとこにいる」
「おー。…で、話はここからなんだよ」
「うん?」


鉄朗はちょっとだけ間を置いたあとで、「放課後ちょっと付き合ってほしいとこが」と言った。…これは世に言う放課後デートというものではないのか、と思い当たる。黒尾は普段平日は部活があるので、私たちはあまりそういうデートをしたことがない。
やった、と思ったところで大事なことに気がついた。…研磨はどうするのだろう?
いつもは、私は鉄朗と研磨の帰り道に合流させてもらうようにして帰っているのだ。しかし鉄朗の話し方からして、なんだか二人で帰ることになっている気がする。
そんな私の頭の中を見透かしたように、鉄朗は口を開いた。


「研磨なら今日は他の連中と帰るとか言ってた」
「そうなの?」
「そう」


なら、いいのか。
でもこの様子だと研磨に、多少なりとも気を遣わせてしまったような気がする。今度何かお礼でもしようかな。
ともかく二人で放課後デートなんて、久々だからかすこしテンションのあがった私を見て、黒尾はふっと笑みを浮かべた。


「まあなまえが、はやく帰りたいってんなら別にいーんだけどな?」
「ちょ、なわけないでしょ。行きたいよ!」
「だよな」


わかりきっているとでもいうように、鉄朗は片頬で笑う。…私が言うのもなんだけれど、やっぱりかっこいい、なぁ。そんなことも含めて、この人にはかなわないと思う。たぶん、というか絶対。
ーーーそんなことを考えていた矢先。


「って。だからもう…!ねぇ!」


ふたたび伸ばされた鉄朗の手が、思いのほか優しく私の髪に触れた。言葉では止めていても実際に止めようとはしない私の態度を面白がるように、楽しげに鉄朗は私の髪の毛を弄る。教室が騒がしく、私たちを気に留める人がいなくてよかった、と心から思った。
そしてチャイムが鳴り、しばらくすると次の授業の先生がクラスに入ってきた。前へ向き直る。


「…………」


鉄朗と、一緒に放課後。
さっきふと行き先を聞いてみたけれど、結局教えてはくれなかった。どこへ連れて行ってくれるのだろう?
どきどき脈打つ心臓をおさえつつ、放課後のことを思いながら受けた授業は、半分も内容が頭に入ってこなかった。

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