バレーが大好きで、まっすぐひたむきにバレーと向き合っている影山のことが、私は大好きである。高校に入って、クラスは違うけれどひょんなことから仲良くなって、そして付き合うことになったときはもう信じられないくらい嬉しかったし、いい彼女になろうって心から思った。心から。
ーーだから今の状態はとても良くない。

「飛雄、ごめんねー」
「おー。別に構わねえ」
「うんありがとうっ」

廊下のすこし先で、影山に提出課題の山の半分を持ってもらっている女の子。影山とは中学からの付き合いらしくて、あの二人は同じクラスだ。

「………」

影山と似た、綺麗な髪がさらさら揺れている。前にだれかが言っていた、あの二人お似合いだよね、なんて言葉が頭をよぎった。

ーーーなんで私、もっとはやくに教室を出なかったのだろう。さっさと出てしまっていれば、ちょうどあの二人を見てしまうこともなかっただろうに。
二人の会話が聞こえてこないよう、すこしずつ歩く速度を落とす。けれど向かう方向は同じなのか、その後も視界からいなくなることはない。…ああ、もう、なんで影山は一人でも教室移動出来るタイプなのかなあ。友達と群れていてくれたなら、あの子もああして話しかけることは出来ないはずなのに、…なんて、ここ最近の私はやたらと身勝手なことまで考え始めてしまうからいけない。

いつのまにか俯いてしまっていた顔をふと上げると、向かいから来る人を避けようとした影山が、隣を歩くその子に軽くぶつかったのがちょうど見えた。謝る影山、を見て笑って許す彼女の表情は、どうも友達に向けるそれではないような。

ずきり、とわかりやすく心が痛む。


△▽


影山はモテる、そんなことはよくわかってる。でも影山は本当にバレーばっかりだし、女子とあまり仲良くなることもない。だから不安になることなんていままであまりなかった。
でも最近気づいた。あの女の子については、ほかの子たちとは違うのだ。たとえ影山にそのつもりがないのだとしても、もともと知り合いなぶんある程度気を許しているところがあるのだろう、あの子に対してだけ距離が近い。そしてあの子はそれを分かっているのか、ここのところよく影山に絡みに行っているのを目にする。
あきらかに影山に好意を寄せている女子が、ああしてそのすぐそばにいるということ。それがここ最近の、わたしの大きな悩みとなっている。

「…あああ……」
「んー?」

私の呟きに反応した友達に、なんでもないよ、なんて言ってはみるけれど、毎日こんなどうしようもない嫉妬でぐだぐだやっている自分に落ち込まずにはいられない。影山があの子のことを友達として結構好いてることは知っている。だからわたしが何か言ってもきっと困らせてしまうだけだし、嫉妬なんてさっさとなくしてしまうべきなのだ。…なのに何をやっているんだか。

「まあいいけど、なまえ、あれ影山君だよね?こっち見てるの」
「え」
「おお、来たよ、ほら」

噂をすればというやつだろうか、見ればたしかに影山が、わたしのほうへとまっすぐに歩いてきていた。ずんずんずんと進む様子は、ちがうクラスに入ってきているのにあまりにも堂々としていて、思わず笑う。

「みょうじ、昼休み暇か?」

そばまでやって来ると、やけに不機嫌そうに、影山はそう尋ねてきた。

:

「………なんで?」

フェンスに寄りかかり、体育座り。影山はあぐらをかいている。これまで一度もなかった昼食のお誘いに対し混乱中の私に構わず、影山は隣で手をあわせ「いただきます」なんてやっている。

「か、影山?」
「食わねえのかよ」
「いや、えっと、うん食べる」

いただきます、と言う私の隣ではすでに影山が、ひょいひょい食べ物を口に運んでいる。卵焼き、トマト、コロッケ。もぐもぐ咀嚼して飲み込んでから、しばらくするとすこし落ち着いたらしく影山は私と目を合わせた。…思いの外距離が近いことに気づき、内心どきりとしてしまう。

「なんでここに連れてきたかって話だけど」
「うん」
「最近話す時間がなかったから、ってだけだ」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…おい何とか言えよ」

思わず隣を見れば、影山はむっとしたようにこちらを見ている。ちょっと照れているのか頬が赤い、ような。なんだかこんな影山は久しぶりに見る気がした。

「…影山寂しかったんだ……」
「あ?!だ、誰もんなこと言ってねえだろっ」
「あはは」
「なに笑ってんだよ!」

たしかに最近部活の時間の都合で一緒には帰っていなかった。メールや電話もあまりしていない(これは元から)。
それに学校でも、クラスは違うし、ここ最近廊下で見かけるときには大抵隣にあの子がいるから話しかけにくくて。
…とそこで急に、浮ついた気分がすとーんと下に落ちてしまったような感じがした。なにやってんだ、ここまでもやもやのことは考えずにいられていたのに。
突然凹みはじめた私に気づいたらしく、影山は怪訝そうな顔をする。

「どーかしたかよ」
「…ん、や、なんでも、」
「うそつけボゲ」
「ボゲってなに、ボゲって!」
「そーいうのはいい、どーかしたかって聞いてんだよ」

ヘンな誤魔化し方すんな、何かあんならさっさと言え。そう続けてからぱくりとウインナーを口にする。なんか締まらない、と思うもののこちらを見る目だけは真剣なことに気づく。

「………」

どうやらもう私が答えるまで譲らないつもりらしい。こういうときの影山は頑固だ。しばらく黙って抵抗したものの、結局折れたのは私の方だった。これまでうだうだやってきたぶん、もうどうにでもなれという気分もあった。

「その…えっとね。笑わないでね」
「おう」
「あの…その、〜〜っ影山、仲良い女の子が、いるでしょ」
「仲良い…ああ。それが?」

そこで言葉に詰まった。ここまでで察してくれないかな、なんて思ってもみるけれど、言わなきゃわかってもらえない相手だということはよくわかっていた。

「その子と影山、いつ見ても一緒な気がして、わたし最近それに妬いてて…………」

隣の影山は、身じろぎひとつしない。きっと何と言っていいかがわからないのだ。全然食べ進められていない自分のお弁当に視線を落とす。
きらわれるかも、と思うともう、まっすぐこちらを向いている影山の視線には耐えられなかった。


しばらくの沈黙ののち、隣から大きなため息が聞こえた。続けてばしりと頭をたたかれる。

「いたっ」
「はじめてだよなお前」
「な、なにが?」
「そういうこと言ってくんの」
「えっ…う、ん。そうかも?」
「………悪い」
「は?」

なぜ謝られたのかわからず聞き返す。困った顔をしているだろう、と思っていたのに、影山は真面目な顔のままだった。
ーーそこからの影山の話によれば。まさに一昨日、部室でその話になったのだそうだ。最近よく一緒にいるあの女子は誰だ、お前彼女はべつにいるよな、もしかして別れたか、それとも浮気か?!というような追及までされたらしい。けれど影山はそんなつもりは全くなかったため、「彼女に余計な心配かけさせんなってー」と言われたのに対しても、「気にすることっすかね」と返した。それを聞いた先輩たちから、恋人が仲良い男友達とよく一緒にいるの想像してみろよ、と言われて、

「…え、なに、なんでそこで話やめるの」
「………言わねえ」
「なんでよ、わたしちゃんと話したのに」
「言いたくねえんだよ自分で…」

本当に嫌そうな顔をしているが、わたしもここまで聞いて折れる気にはなれない。お弁当をしまい、体育座りのまま影山の顔を覗き込むようにする。しばらくそうしていたら、観念したように影山は口を開いた。

「…………妬いた」

開き直ったようにまっすぐこちらを見て、そんなふうに言うものだから、固まってしまった。いつもより低い声も、射抜くような瞳もはじめてのもので、どきりと心臓が跳ねる。
そしてひとつ納得した。影山は、だから、話をするためわたしをお昼に誘ったのだ。妬いているはずなのに、なにも言ってこない恋人のことを影山なりに気にしていたのだ。

そんなふうに、考えを巡らせていられたのはそこまでだった。

気付いたら影山の、細められた瞳が目の前にあって、唇に柔らかい感触。すぐに離れたけれど、完全に動き方を忘れてしまったわたしはただ影山を見つめることしかできない。

「…こっち見んな!」
「え?え!」

突然ぐいーっと両目を覆うように手を置かれ、押される。遠ざけようとしているらしい。けれどすきまから、影山の顔は見えてしまった。どう見たって赤い。

「お前がちょっと嬉しそうにしてたのが悪い…」
「え」
「…。とりあえずさっきみたいなこと、ぐだぐだ考える前にちゃんと言えっ」

ふい、と目をそらして、わたしの頭を押していた手を離し、影山は照れ隠しのように勢いよく食事を再開する。真っ赤な顔で言われてもなあ、なんて笑ってそれを眺めながら、うん、と頷くと、横目でそれを確認した影山は満足そうに片頬で笑った。


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