最終セット。取れば勝ち、取られたら負ける。ここでの負けは、終わりを意味する。先輩たちが部活として積み上げてきたもの全ての。
ーーーそんな状況で、試合はデュースにもつれ込んだ。緊張で死にそうになっていたわたしの目の前で、そのわたしよりはるかに緊張してそれでもコートに立っていたであろう選手たちはいつも通り落ち着いたプレーをしていた。すごい、と本気で思った。いつものように木兎先輩がチームの士気をぐいぐい上げにかかっていて、あまりにも騒ぐものだから周りが落ち着けだのうるさいだの声をかけていて。普段の梟谷だった。木兎先輩の調子もいいし、この雰囲気でだったらきっと大丈夫、そう思った。

けれど最後。勝敗を決める最後の一点。わたしたちのチームにその一点が入ることはなかった。なにかが抜け落ちたみたいな感覚だった。どうして、どうして。歓喜する相手チームを呆然と見つめた。そしてただ負けた悔しさに身体を震わせ、涙を流しているチームの面々と先輩マネージャーたちを見て、わたしも泣かずにはいられなかった。


木兎先輩は試合後、挨拶してミーティングを終えて学校に戻っても、なにも言わなかった。いつものテンションからしたら考えられないその様子に、だれも何も言えなかった。
やがて部員たちに、顧問がご飯を奢ってくれることになったけれど、そのときには、木兎先輩の姿は見当たらなかった。
どこにいるのか、見当はついていた。
木兎のとこ、行ってやって。そう先輩たちに言われて、赤葦くんにも同じことを頼まれた。マネージャーの先輩二人にも、行って、そんで連れてきてよ、あいつほんとしょーがないんだから、と言われた。迷ったけれど頷いた。ーーー行ってわたしに出来ること、たいしてあるとは思えないけれど、でも。
他の誰でもなく、わたしが行かなきゃいけない。







体育館の裏の、校舎からは死角になるところで、先輩は背中を壁に預けて座り込んでいた。すぐにわたしに気づいたようで、でもいつもとちがって大きなリアクションを取ることもなく、ただ静かにわたしが近づくのを待っていた。その表情を見ただけで、わたしの視界はぐらぐらと揺らいでしまう。

「木兎先輩」
「………なまえ、」

探しに来たのか、と言う先輩の声は、びっくりするくらい弱々しかった。頷いたもののどうしたらいいかわからなくて、ちょっとだけ距離をあけてそっと隣に座った。先輩は慌てたように、持っていたタオルでぐいっと乱暴に顔を拭う。つづけて、あんまこっち見んじゃねーぞ、と言われる。涙を見られたくないのだろうな、なんてことはわたしにだってわかった。
…来ない方が、良かったかもしれない。あの木兎先輩が一人になろうとしてここへ来るのだから、きっと相当辛いのだろう。
今更そんなことに気がついて、いつになく勢いで行動してしまった自分にすこし腹が立った。

そうしてそんなふうに自分を責めながら、しばらく先輩のほうに顔を向けないように目を伏せていたとき。ふと先輩が口を開いた。

「なあ、なまえ」
「なんですか?」
「ありがと、な」
「…!え、」

突然、ぽんと頭に手が乗った。ぐしゃぐしゃっとかき混ぜるように撫でられて、それからふいにその動きが止まる。ーーーぱっと視線をあげて、思わず固まった。
木兎先輩が落ち込む姿は何度も見たことがあったけれど、先輩はそういうのとは全く違う、悔しくて悔しくてたまらないのを必死で堪えているような表情を浮かべていた。
それを見てしまったら、もうどうしようもなかった。ぼろぼろ溢れだした涙は拭っても拭っても止まらない。わたしが泣いたって、先輩の悔しさをどうすることもできないのはわかっているのに。
俯くわたしの頭を荒く撫でる先輩の手は震えている。

ーー梟谷というチームで、全国で優勝。木兎先輩の、そしてわたしたちの目標はただそれだけだった。それ以外なんてなかった。いつかの先輩の、どこにも負ける予定は無い!という言葉が頭を過ぎる。…けれど終わってしまったのだ、これで。本当に。





「遅れていいから、来てくださいって、言ってました」

赤葦くんが。と続けたら、隣の木兎先輩はちょっとだけ笑った。

「あいつ、最後までホントできた後輩だなー。主将の、彼女との時間にまで気を遣えるとは、さすが!」
「…か、彼女って、」
「ん?…え、まだ慣れてねえのか!」

おかしそうにわらう木兎先輩は、どうやらこの数十分である程度は回復したように、見える。…見えるだけ、なのはもちろんよくわかっているけど。



その後もしばらくそうして話していたら、突然わたしのスマホから電子音が響いた。手にとってみると雀田先輩から「そろそろ来れそう?」というラインでのメッセージが表示されている。
どうだろう、と思ってちらりと木兎先輩のほうを見たら、先輩はちょうどその画面を覗き込んでいた。メッセージを読んだらしく、「そうだなあー行くかあー」とひとり言のようにつぶやく。

「そうですね。じゃあ、行けそうです、って返事します」
「おう。そうだな、………………………あー、いや。なまえ」
「はい」

「…もうすこしだけ。たのむ」

ふいに弱々しくそう言って、先輩はスマホのロックを解除しようとしていたわたしの手を掴んだ。そのままぎゅっと手を握り締められる。
会場中を沸かせる鋭いスパイクを放つ、厚みのある大きな手。弱った声。わたしの動きを止めるには十分すぎるものだった。


主将として、そしてエースとして。チームに支えられながらプレーしてきた木兎先輩を、しっかり受け止めてくれる仲間はちゃんといる。今だって、彼らは木兎先輩がやって来るのをきっと待ってくれている。
でも今この瞬間、こうして隠しきれないほど弱っている木兎先輩を、受け止めるのはわたしだ。わたしだけなのだ。
プレーを通していろんなものを見させてくれた先輩のためにわたしに出来ること。それは、求められるだけそばにいるくらいのことだ。

ーーそんなふうに思いながら。わたしはそっと、先輩の手を握り返した。


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