HRを終え、がたがた椅子を鳴らして立ち上がる。生徒たちに、さようなら、と返す先生の低い声が教室に響くと同時に力が抜けた。
やっと一日が終わった。なんだか今日は長かった。ぐっと伸びをして、カバンを掴む。今日は帰りは一緒じゃないし、せっかくちょっと早めに終わった学校だし、さっさと帰ってごろごろしたい。

「みょうじ〜」
「うん?」
「お前暇だろ、ちょっと手伝えよ」
「…え?なに、もしかしてこれ運ぶの」
「これ運ぶの」
「えーやだ」
「やだじゃねーよ、頼む!」
「ええぇ……………」

声をかけられたとき、嫌な予感はあったがまさか仕事を手伝わされるとは。
その後もすこし抵抗をしてみたものの、教卓上の提出物の山を指差す石橋に、お前日直じゃねーか、いいだろ少しくらいは、と言われ、結局折れた。石橋は中高と同じだから、頼み事をされたら断れない私の性格をもうよく知っているのだ。
荷物を置き、教卓へ向かう。


**


ロードワーク中。帰るみょうじを見かけた。後ろ姿しか見えなかったけど、俺にはみょうじだってわかった。
今日は学校自体の終わりは早いが部活が終わるのが遅い。だから待たなくていいと伝えてあるのだ。相変わらずちょっとだけ危なっかしい歩き方をするみょうじに、わずかに口もとが緩んだ。

部員たちは俺がみょうじと付き合っていることを知っているし俺たち二人が揃うと一斉に冷やかしてくるけれど、気がついていないのか、誰も何も言ってこない。まあちょっと遠いし、帰宅する生徒たちに紛れていて分かりづらいからか。
いやもしかして、遠くにいて、あの中にいて、見えるのが後ろ姿だけだとしても、あれがみょうじだとわかってしまう俺がすこしおかしいのだろうか。

「お?あれみょうじさんじゃね?」
「………」

きっとみょうじと一番長く一緒にいるから、ここからでも気づくのだ、なんていうわずかな優越感をぶち壊した、隣の日向を無言で睨む。すると「うおっ?!こ、怖くねーぞ!」と返された。もうお前に睨まれたってヘーキだからな!と偉そうに付け加えてくる。だいぶ走っているのに、こいつはやっぱり元気だ。

「みょうじになら気づいてる」
「え、あ、見えてた?うわやっぱ勝てねー!」
「なんの勝負だよ」
「なあ、でもあれ誰だよ?」
「あ?」
「みょうじさんのとなり!なんか男子いるよな?」

隣に向けていた視線を、みょうじのほうに戻す。しばらく首を傾げていたが、やがて、そのそばにみょうじに話しかけているようにも見える男子がいるのに気がついた。
俺がそうしている間、日向は「えええまじか、みょうじさんしか見えてなかったのかお前!相変わらず大好きだな影山くん!」なんて言って騒いでいた。うるせえ!と言ったところで、後ろから先輩たちに「お前ら二人ともうるせえ!」と怒られた。

すんません、と謝りながら、もう一度ちらりとみょうじに目をやる。もちろん表情は見えない。
…笑っていたりするんだろうか。あの隣の奴の話を聞いて。そんなことを思って、なんとなく嫌な気分になる。
そして、俺の隣にいる日向が若干俺を気にしている様子なのが、なんとなく腹立たしい。だからさっきのについては、何も思っていないように振る舞った。
日向はさっきまではからかってきていたくせに、我に返ったらしくちらちらとこちらの表情をうかがっている。こいつ気遣うのヘタすぎだろ。

…もちろん、浮気とか、そういうことじゃないのなんてわかってる。みょうじはそういう奴ではない。
そうわかってるから、べつにショックなんて受けやしない。男子といたからといって、大した理由もないはずだ。
だけど。


**


向こうからの電話なんて初めてだったから、驚いてスマホを取り落としそうになった。
そして電話に出た瞬間、「声聞きたくなった」なんて、今まで言われたことのないような甘いセリフをものすごくぶっきらぼうな、もう怒ったような声で言われるものだから、私はしばらくぽかんとしたまま、スマホを片手にベッドの端に腰掛けていた。
照れていいものか迷う。何かあったのだろうか、なんて、ちょっと心配にもなった。

そこから影山くんは無言になったから、声聞きたいって言ってたしとりあえず何か話せばいいのかなと思って私は今日のことをあれこれ話しはじめた。やがて話は放課後あたりにさしかかる。そして、石橋がノートの山をぶちまけたせいで石橋とともに先生に怒られ石橋にアイスを奢ってもらったことまで話したあたりで、なあ、と影山くんの声が不意に耳に入ってきた。

「帰ってんの見かけた」
「あ、そうなの?」
「おう、走ってるとき」

たしかに、コース的には校門を出て行くあたりまで見えるだろう。でも突然いま、それを話しだしたのがなぜかわからなくて、私の頭にはたくさんの疑問符が浮かぶ。

「そんで部活のあと、日向から言われた」
「なにを?」
「お前、妬かねーの、って」

それから影山くんは黙ってしまった。

5ヶ月ほど付き合っているけれど、これまで一度も、影山くんが私に電話をかけてきたことはなかった。(部活で手一杯なのは知ってたし、メールは毎日ちょこちょこ交わしていたからべつに不満ではなかったけど。)
そんな影山くんがなんで今日、突然電話をかけてきたのか。
なんで、「妬かねーの」なのか。

影山くんは言葉が足りない。その頭の中では私が思うよりずっといろんなことを考えてるって、気づいたのはいつだったか。日向くんとかへの文句以外は、口にする言葉は基本的に少ない。
だからいつも私は、影山くんの言いたいことが何なのかを、考える。

けれどいま、考えれば考えるほど、はやくなっていく心臓の音が電話越しに影山くんに伝わりそうだった。この頬の熱だって向こうにばれてしまわないか、気が気ではない。

「か、影山くん、」
「…おう」
「その…や、妬いてくれたの?」
「……………」

否定しないからたぶんそうなんだ、妬いてくれたんだ、そうわかってしまって私はもう何も言えなかった。
はじめてだった。はっきりとではないけれど、嫉妬をこうして伝えられたのは。それがこんなに嬉しいものだなんて知らなかった。

どきどきとうるさい自分の心臓が、なんだか自分のものではないみたいに思えてくる。
ぱたん、と後ろに倒れた。
電話の向こうの影山くんは、何も言わない。言わないけれど、私と同じように、照れていてくれたらいいな、と思った。


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