がちゃり、と音を立て扉が開いた。ほら入れば、といいつつ進む蛍くんの後に続く。
…何回来ても思うのだけれど、

「相変わらず、キレイな部屋だねー!」
「きみいつも言うよね、それ」
「お邪魔します」
「あー…そのへんで適当に何かして待ってて」

たぶん飲み物を持って来てくれるつもりなのだろう。何度かここを訪れるうちに、そう言われなくてもそうしてくれることがわかるようになったというのが、なんだか嬉しい。うんと頷いてみせると、蛍くんは首にかけていたヘッドホンをベッドに置き、部屋を出ていった。

荷物を部屋のすみに置き、しばらく待っていたけれど、まだ蛍くんが来る様子はない。どうしようかと思いなんとなく部屋を見渡せば、目に留まったのは先ほど蛍くんが置いていったヘッドホンだった。

「…でかい」

見た感じ、なんだかごつごつしている。手に取るとすこし重くて、頭につけてみるとやけにしっかりとしていた。割と高めのものなのかもしれない。ヘッドホンのつけ心地はなんだか慣れないもので、それを楽しんでいるうち、蛍くんがドアを開けて入ってきた。

「なにしてんの」
「このヘッドホンすごいね、さすが蛍くんだね」
「ちょっと意味がわからない…ていうかほら」
「?」

部屋の真ん中に出されたちいさめのテーブルに、蛍くんはフォークの乗った二枚のお皿を置いた。…お皿?コップじゃなくて?疑問に思い見てみれば、蛍くんはもう片方の手に見覚えのある袋を提げていた。中には白い紙箱が入っている。

「…これって私が持って来たやつじゃ?」
「親がなまえと二人で食べろって」
「えっ、いいのにそんな」

箱の中身は、本当にお世話になっていますという意味も兼ね、母に持たされたケーキなのだ。先ほど玄関のところで出迎えてもらったとき、蛍くんのお母さんに渡したものである。

「まあでも食べていいって言われたし、気にすることないデショ」
「そう…?」
「それにこれ多分余るし」

蛍くんと二人、並んでしゃがみ覗き込むと、箱の中には五種類のケーキが入っていた。ショートケーキやガトーショコラ、モンブラン、と見ていくうちに私の心は大きくぐらりと揺れた。

「……………いただいていいですか」
「どーぞ。てかねえ、いつまでそれしてんの」
「え?」
「ヘッドホン。…外すよ」

蛍くんのほうに顔を向けると、さっと私の耳元に手を伸びてきた。耳が軽く左右から押し付けられていた感覚が、ぱっと消えたすぐあと、私の耳を蛍くんの骨ばった手が掠めた。

「…………。」
「っな、な、なに」

何かを見透かしたような眼で、蛍くんは私のことをじっと見つめる。どうやら、今一瞬どきりとしてしまったことを感づかれたらしく。

「…意識しすぎ」

口元をゆるめそういうなり、蛍くんはそっと私の後頭部に手を回して、軽く口付けた。
唐突なことでびっくりして、私の体が強張ると同時に、心臓はばくばくと早く脈を打ち始めた。

…意識せずにいられるわけがないではないか。何度ここへ来たって、本当にすぐそばに蛍くんがいることに、全然慣れないんだから。でもそう認めるのはなんだか恥ずかしいから、私は出来る限りほかのことを考えようとしていたのに…こうして突然キスされてしまったりしたら、もうだめだ。
ちいさなリップ音のあと、私の視界は蛍くんの顔だけになる。私の頭の中も、蛍くんでいっぱいいっぱいになってしまった。

「意識とか…してないし…」

それを聞いた蛍くんはぷっと吹き出した。どうしても体が触れてしまう近い距離で、蛍くんのたまに見せる、私相手にしか向けられないその優しい顔に、とにかくこの人は卑怯だと私は改めて思った。
私のせりふにそんな笑顔を返したあと、蛍くんは突然立ち上がった。

「それじゃ、ジュース取ってくる」

あっショートケーキは僕のね、と言い残し、蛍くんはそのまま部屋を出て行った。私はというとおそらく今どうしようもなく真っ赤になっているであろう頬を押さえ、その後ろ姿を恨みがましく見つめるしかできなかった。このタイミングで部屋を出るなんて、悪意しか感じられない。待っている間に、私がさっきのことを思い返して恥ずかしすぎてしにそうになると、きっとわかっているのだ。
そう考えると腹立たしくて、でもすきで。ショートケーキ好きは相変わらずでかわいい、なんて思ってしまう自分もいるわけで。
さっきよりさらに熱を帯びた頬に、私も大概だ、と一人ため息をつくことしか出来なかった。




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