入学して三回目くらいの席替えでたまたま前後の席になって、でも最初は全然話せなくて。消しゴムを落としてしまったのを拾ってもらったり、プリントを回そうとしたら大体後ろで寝ているからどうしようか悩んだり、休み時間にノートを貸したり、なんていう些細なことを積み重ねて。
いつのまにか生まれていた私のちいさな恋心は、ゆっくりと膨らんでいった。そしてそれから数ヶ月後、私は友達の後押しのおかげもあって告白をして(思い出したくないくらい恥ずかしかった)、それまでの私の悩みだの何だのはなんだったんだろうというくらいにあっけなく、私の片想いは終わった。素直になれなくて、もだもだしていたあの時期から考えてみると嘘みたいな日々が、私のもとにやってきたのだ。
そしてもうあの日から、だいたい半年が経つ。

「チョコきらいじゃないよね」
「?くれんのか」
「うん、いまちょうど二個もってて」
「欲しい」
「はい。甘いよー」
「おお」

受け取った包みをがさっと開けて、ぱくり。もごもごしているその表情は嬉しそうだ。自然と私も微笑んでしまう。同じようにして包みを開けて、ぱくり。二人そろってもごもごしていると、先ほどの数学の授業でぐったりししていた体に、チョコの甘さがじんわり広がった。おいしい。
休み時間、教室の隅っこ、前後の席。私が前で影山君が後ろ。仲良くなるきっかけになったあの席のときも、教室での位置は違うけれど、この並びだった。
いま私は横向きに座って、半開きの目をしている影山君とチョコを食べている。「腹減ってるときになんか食うとさらに腹減るな…」なんていう呟きを聞いて、笑った。目を合わせて笑う、なんていうささいなことさえ、私にとっては特別だ。
この席になってからは、いまみたいに横向きに座るだけで話せるようになった。この間まで、わざわざ話をしに行くなんてことが気恥ずかしくてなかなかできなかっただけに、席替えには感謝。眠そうな影山君とのんびり言葉を交わしながら、休み時間の十分間を過ごすのが、今の私のささやかな楽しみになっている。

「なあ」
「うん?」
「…えっと」

なぜか二言発しただけで、そこからしばらく、影山君は黙ってしまった。
珍しく何かを言い淀む影山君に、内心首を傾げる。ーーーどうしたんだろう、いつもは私相手にもわりと思ったことをそのまま口にするのに。
いつもとちがう、とその様子を疑問に思っているうち、思い当たることがあった。…こんなに険しい顔をしているということは、もしや別れ話なのでは。あ、それあり得るかも。席替えで教室でもよく話すようになって、改めて嫌になったとか…なんて不吉なことが頭をよぎった、そのときだった。

「………あさって」
「え?」
「あさって、放課後、帰るときに」
「うん」
「アイス奢る」
「…………???」

それは宣言しておくべきことなのだろうか。帰るのは大抵一緒だし、いつも寄り道してはアイスやパンを買っているし、普段通りのことをするだけなのでは。ただ違うところといえば、アイスを奢る、ってことだけ。
いや、うん、それはもちろん嬉しい。
嬉しいのだけれど。なんで、と口にした私に、影山君は。

「半年だから」
「え」

そこでタイミング悪くチャイムが鳴った。すぐに英語の先生が入ってきて、起立礼着席、というちょっとだるそうな委員長の声にあわせて椅子ががたがた鳴る。
半年だから?半年って、何が。聞き返すタイミングを逃してしまったまま、授業が始まった。





あさってで、付き合って半年。気付くのにそう時間はかからなかった。

とん、とん、と影山君のつま先にかかとを軽くぶつけてみる。足が長い分、私の椅子の下のところにまで影山君の足がくるのだ。すぐにわりと強めに蹴り返されて、声をあげそうになった。慌てて口を閉じる。
英語の先生は厳しくて、目をつけられたくない私は堂々と後ろを振り向いたりなんてできないから、なんとなく足で弱々しい攻撃に出てみたがまあ、影山君に私の言いたいことが伝わるはずもなく。

「………」

さっきのって、半年って、そういうことでいいんだよね?記念日なんて、これまでの五回くらいは全然、祝おうとかいう話にはならなかったのに突然どうしたの。だれかに、何かしてやれよとか、言われたの?それで私にアイス奢ろうって決めたの?

頭には三人ほど、影山君に何かしら言いそうな人として候補が浮かんでいる。
さっきの仕返しとばかりにとんとんとん、とかかとをぶつけて、足をすぐに前に伸ばしたら、静かに背中にシャーペンの頭が突き立てられた。痛くはないけど予想外の攻撃にびっくりして、肩が跳ねる。
後ろでかすかに笑う気配がした。思わず私も笑う。

時計を見る。あと三十分。
頬がゆるみきった顔のまま、先生と目があってしまって、私は慌てて目を伏せた。



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