手のひらに、ずしりと重みがかかっている。大量に積み上げられた、ノートとプリントの。
ーー私と同じく数学の教科係であるはずの友人が、終わっていない課題があるからごめん頼む、と、メロンパンと共に押し付けてきたものだ。提出期限はこの昼休み中。周りに手助けを求めたが、近くにいた人は皆同じように課題に追われている様子だった。だから仕方なく一人で運ぶことにした。パンひとつ差し出されたくらいでこの重労働を軽く引き受けた数分前の自分を恨み、小さく呻きながらゆっくりと廊下を歩く。先はまだまだ長い。…どうも私は人から貰い物をするのに弱いらしい。

そういうわけで、私が廊下であーうー言っていたところ、ふいにすぐそばの教室からぬっと誰かが出てきた。突然の登場にびっくりしている私に気づいて、その人物は「おお」と軽く声をかけてきた。そして。

「なんだお前いじめられてんのか?」
「素で言ってんの?ねえ」
「あ?」

影山、相変わらず。隣のクラスのため話す機会自体すくないのだけれど、こいつは会うたびこんな感じだ。今回だって初っ端から失礼だ。大量のノートを抱える私を見て思わず言ったのだろうけれど。
両手が使えないので、無言でさっと足を伸ばす。何か言い返すより、こうしたほうがきっと私のいまの気持ちを正確に伝えられるだろう。…と、思ったのだが。

「何やってんだ?」
「…いや、と、とどかない」
「…………」

多少攻撃を加えるつもりで足先をくいくい動かしたものの、何かを察してぱっと私のそばから離れた影山に届くはずもない。重いものを持っているせいでうまく体が動かせないのだ。しばらく頑張ってみたが影山がだんだん吹き出すのを堪えるような表情になってきたので、バーカと言い捨ててそばを通り過ぎるだけにすることにした。なんか恥ずかしいし。ああ、もうとりあえずはやくこれ提出しよ。重い、手痛い。

「あー、おい」
「んー、…ん?」

歩き始めてすぐ目の前に来た影山が、ぱっとこちらに片手を差し出してきた。最初はなんのことかわからなかったが、どうやら手伝ってくれるつもりらしい。「気が利く!影山のくせに!」「あ?!んなこと言ってっと手伝うのやめんぞ!」「えええごめんほんとごめん」なんてやり取りをしながら、差し出された大きな手のひらにノートを渡すべく奮闘する。

「ふぅ…ありがと影山!」
「別に……、!?みょうじお前ふざけんな!」
「えっ?」
「白々しいんだよ!おら半分は持て、んのボゲ!」
「んんやっぱダメか」
「当たり前だっ」

調子に乗って、抱えているものを全部その手に移し替えてやろうとしたら普通に怒られた。あんまり怒らせると運んでくれなくなるかもしれないので、早々に押し付けるのを諦める。
半分だけでもどうにかこうにか渡して、重さ半減。だいぶ楽!

「あー、痛、助かった…」
「??なあ、これぜんぜん重くねえぞ」
「え、うそ。重いよ?」
「は?重いか?」

その声色からして、からかっているのではなさそうだ。いま持っているのが半分だけの量とはいえ、心から、先ほどこの重さに私が苦しんでいたのを不思議がっている様子だ。余裕ってか。実際に涼しい顔して、「しにそうなカオしてたからとんでもなく重いのかと思ってた」と喧嘩を売ってくるものだから腹立たしい。

「ふん、影山とは腕のつくりが違うんですー」
「なんだよそれ」
「ほら、私あれだから、女子だから」
「…あーたしかにさっきの動きは女子だった、弱そうだった」
「弱そうって何?!」
「そのまんまだろ」

勝ち誇った笑みを浮かべている。なんなんだこいつ。むむっと影山のマネをするように口を尖らせてみたら睨まれた。なんかむかついたらしい。

「つーかお前最初から、クラスのやつに手伝わせりゃよかったのに」
「んーなんか、みんな忙しそうだったから」
「ああ、みょうじだけ暇人だったのか?」
「言い方ってもんがあるよね!」

攻撃を一発くらい入れたかったけれど、いまの私にそこまでの余裕はなかった。口だけは動かせるけど。半分になったとはいえ重いのには変わりないのである。
影山はそんな私の様子に気がついているらしく、わずかに優越感みたいなものを覗かせて私を見下ろしている。口元は悪い人っぽくにやりと上がっている。

「くっ…いちいち腹立つ…」
「ノート持ってやってんだから感謝してろ」
「そのドヤ顔やめてくださいー」

予想はしていたが、思いの外勢いよく頭に手が迫ってきて、げっと慌てて身を捩った。そしたらノートのバランスが崩れた。気付いたときには足元に、ばさばさとノートやプリントが散らばっていた。

「あああ」
「クッソ、馬鹿か」
「だれのせい?!」
「お前だろ!」

なかなかベタなことをやってしまった。
慌てて落ちたものを拾い集める。影山もボゲボゲ言いながら手伝ってくれる。ようやくぜんぶ重なったところで、ほっとひとつため息が出た。最後にもうひとつボゲと私に投げつけてきてから、影山もふうとため息をつく。
そして、よし運ぼう、と歩きだそうとしたときだった。突然、私の耳に大きなチャイムの音が入ってきた。…え?このチャイムは、

「え、うそっ!もう昼休みおわり!?」
「くっそ俺おわってねぇ!」
「なにが!」
「五時間目にあたるとこ!」
「はあ!?」

先に言え。結局クラスのみんなと変わんないんじゃんかと呆れ半分に思ったところで、影山の背中が突然遠くなった。え。

「えぇぇぇなんで!ちょっとまって!」
「もっと頑張れよ!お前なら出来んだろ!」
「無理!!!!」

影山、ダッシュ。ぐんぐん向こうに遠ざかっていく。はやすぎ。慌てて小走りになるも、あれに追いつけるはずがない。
こんなところで運動部発揮すんな!

「置いてくなぁぁぁ」

職員室まであとすこし。掃除を始めようと箒だのちりとりだの持っている生徒たちをかき分けるように進む。向こうで影山が何か言ってるのは聞こえるけど、何て言ってるか全然わからん。





ぜえはあ言いながらも、先生にはギリギリ課題を提出することができた。よかった。けれど影山は遠い目をしている。

「もうどーせ間に合わねえよな…」
「板書なの?」
「おー」

聞けば教科は数学で、範囲はちょうど私のクラスが昨日やったところだった。そう気づいて、「仕方が無いからお礼にノートくらいは貸してあげよう」と言ってみると途端に目を輝かせてこちらを見てきた。吹き出したらまた睨まれた。でも期待の眼差しは隠しきれていなくて、再び笑ってしまう。大人っぽい顔つきをしていてむだにでかいくせに、何においても正直すぎる。

ぱっととってきたノートを渡して、チョコのお返し覚えてるか探りを入れて(やっぱり覚えてなかった)、それからやっとクラスへ戻る。つかれた。
そのまま掃除に加わりながら、ひと仕事終えたことにため息をつきつつ、自然と頬が緩んでいくのを感じる。なんだろう、久々に喋ったってのもあるんだろうけどーーーなんとなく認めたくはないが、いつもよりちょっとだけ。今日の昼休みは楽しかった、ような気がしないでもない。


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