ーーーみょうじが、好きなんだ。

確か去年の秋頃だったはずだ。部活を終えての帰り道。
ほぼ勢いで口にしたそんな告白は、いま思い返せばあまりに直球で、自分でも恥ずかしい。前置きもなにもなかった。ただふと目が合って、それで。…まだそんな歳じゃないけど、あのときは若かったんだよなあなんて思う。いやまだそんな歳じゃないけど。
とにかくだ。そのとき、言うだけ言ってさてどうしようかと緊張で体をこわばらせていた俺だったわけだけれど、なまえはその俺の言葉に顔を真っ赤にして「私もです」なんて返してくれて。それで、俺はやっとの思いで笑いかけることが出来たのだった。くすぐったくて初々しい、なんだかんだいって大事な思い出のひとつである。


「ここ来るたび、なんか思い出すんですよねー」

俺と同じようにあのときのことを思い返しているのだろう、振り向いたなまえはわずかに照れたように笑みを浮かべそう俺に言った。ーー先ほど二人してなんとなく足を踏み入れた、このちいさな公園。ここのそばを通りかかったとき、俺はなまえにほぼ勢いであの告白をしたのだ。

「あー…うん、俺も」
「なんでちょっと微妙そうな顔するんですか」
「いやなんか…思い出したらちょっと」
「あはは、もしかして恥ずかしいんですか?」
「…ハッキリ言うなあ」

その通りである。思わず苦笑した。

「でももうあれから結構経ちますよね。なんか懐かしい」
「その間で髪伸びたよな、なまえは」
「!気づきましたかっ」
「おー」

手頃なベンチに腰掛け、隣で「よかった!」と喜ぶなまえに笑みを返す。肩あたりまで伸びたその髪はさらさら揺れていて、思わずそこに手を伸ばしたくなった。しかしそのとき「実はですね」と続けたなまえの声で、我に返る。

「菅原先輩の好みがロングと聞いて伸ばし始めたんですよ、実は!」
「え?俺?」
「はい!前に田中くんが言ってて」
「田中が?……あいつまた適当なことを…」
「あれ、違うんですか?」
「んー…違うわけじゃないんだけど」

正直言えば、似合っていれば何でもいい派だ。そしてなまえは出会った当初のショートも、いまの長さもよく似合っていると思うので、どっちがいいとかあまり考えたことがなかった。…もしかしたらもうなまえがするならなんでもいいのかもしれない。なんて、これがだいぶ末期な考え方なのは重々承知している。
しかしまあ、俺のためにせっかく髪を伸ばそうと頑張ってくれているようだし、しばらくはなにも言わないでおこう。田中とは今度話でもしよう。ちょっと照れくさい気分で「そっか、ありがとなー」と言うと、なまえは不思議そうにしながらもはにかんだ笑顔をみせた。


**


出会いは二年の春。新入生として入学し迷わずバレー部のマネージャーとなったなまえは、高一らしくあどけないきらきらした瞳をしていた。体育館ではじめて顔を合わせたときから、活発な印象を受けるその笑顔にはどうしようもなく惹かれていたように思う。

数ヶ月後には、マネージャーとして懸命に部をサポートし、笑顔で部員と接するその存在は部になくてはならないものになった。当然先輩たちも俺たちも、なまえを大事な部員のひとりとして可愛がった。清水からもその名前をよく聞くようになった。
すっかり部活に溶け込んだなまえのことを、俺はいつも微笑ましい気持ちで見つめていた。付き合いはじめてもそれは変わらなくて、むしろそんな気持ちはより深まった気がする。恋人という以前になまえは後輩だったから、見守ってやろうという気持ちも大きかったのだろう。

ーーーそのなまえに、一ヶ月ほど前に後輩ができた。
なんとなく予想はしていたが、なまえはものすごく後輩を可愛がりたい性分のようだった。どうも、俺と似たところがあるらしい。
後輩五人とそれぞれ絡む様子を見るたび、見守ってきたなまえがひとつ大きくなったような気がして、部活のたびに俺は親みたいな気分になる。

「成長したよなあ…」
「な、なんですか突然?」

なまえが俺の呟きに反応して、こちらを向いた。他愛のない会話を交わしていた中にぽんと投げた言葉だったから、驚いたらしい。

「あーいや、あんな厄介な後輩を相手に、なまえすげー頑張ってるよなと思って。先輩やってんなーって。もちろん一年のころも頑張ってたけど、なんかこう、最近風格が」
「出てきました?」
「おー。後輩がいるってのも、あるんだろうな」

なまえは、そうですかねーなんて言いながら口元を綻ばせていた。いつもなまえはこうして俺から褒められるのに弱い。

「月島とか大変だろー?」
「あー…いやでも、山口君がいるからプラマイゼロです。プラマイプラス?かも」
「なんだそりゃ」
「山口君、月島君のひねくれ度を補って余りあるくらいの優しさを発揮してくれるんですよね」

うんうん、とちょっとおどけて頷くなまえはどうしようもなく優しい顔だ。先輩の顔ってやつもするようになったんだなあ、と勝手にしみじみ思う。

「それにあれですよ、月島君はああ見えて甘いもの好きと発覚したので、わりとそのギャップがいいなって」
「あーそれあれだろ、山口情報」
「そうですそうです。こないだ話してたときに言ってて…」

にこにこしながら話し続ける様子はとても楽しそうで、どうやら俺の思っている以上に一年と仲良くしているのだなということがわかる。後輩の話を嬉しそうにしていることに若干の嫉妬はあるものの、そしてギャップがいいという言葉が少々ひっかかってはいるものの、それらがあまり気にならないくらいには俺も嬉しいと感じてしまう。大概だ。

「あと先輩!影山君がですね。はじめのころ全然話さなかったんですけど」
「前に言ってたな」
「はい。でも最近あれなんですよ、私のクラスまで質問とかしに来ますよ。勉強の」
「え、まじで!影山が?」
「日向君連れて、なんかものすごい顔で頼みに来ます!すんませんーって!」
「うわあ、それ見たい」
「今度写メ撮っときましょうか?」
「よろしく」

くくっと笑って目を見合わせる。穏やかに流れていく雲が視界の端に入り込む。なまえの髪が、そよ風にさらさらと揺れた。


それからしばらくはなまえの、清水とやっちゃんについての(つまりマネージャーについての)話に付き合ってやっていて、ふと会話が途切れて空を見上げたら、もうすっかり暗かった。
いま何時だろうか。そろそろここを出た方がいいだろうか。本当はそうする機会は何度かあったけれど、ついつい長く話しすぎてしまったようだ。
合いの手をうまく入れてやるとなまえはいろんなことを話してくれるし、俺はそれを聞いているのが楽しくて仕方ない。なまえはいつも本当に嬉しそうに、話を聞かせてくれるから。ーー需要と供給みたいなの、うまくできてんなあ、なんて思いつつ立ち上がると、なまえは慌てて俺にならった。
公園を出て、再び帰路につく。



ーーーよく見たら、隣を歩くなまえは、数ヶ月前よりすこしだけ身長が伸びている。バレー部のマネージャーとして、ちょっとだけ頼もしくなったなまえの姿に、自然と頬が緩む。
そしてちょっとだけ寂しくなる。べつに俺がずーっとその面倒を見ていたとか、育ててきたとかそういうわけじゃ全然ないけれど、大事なものが手元を離れていくような感覚が、どこかにある。そんなもの、ただの錯覚だとはわかっているけれど。

「…??私、なんか顔についてます?」
「ん?ああ、いや」

じっと横顔を見ていたからか、不思議そうにそう言われた。試しに「なんとなく見てた」なんて返すと、ちょっとだけ照れた顔をした。

「…なまえ」
「?…わっ」
「たまには、さ」

すこし前で揺れていたなまえの右手をぱっと捕まえて、きゅっと自分の左手と繋いでみた。離れないように。それに驚き立ち止まりかけたなまえを、軽く引っ張るようにして歩き出す。
繋いでいる手からは思いきり緊張が伝わってくる。こういうやけにウブなところは、全然変わらない。そのまま戸惑い気味に、なまえは俺に手を引かれるままついてくる。

ーーーどれほどマネージャーとして頼れるようになっても、身長や髪が伸びても、後輩が出来ても。いつだってちゃんと繋ぎ返してくれる俺より一回りちいさい手に、どうしようもなく嬉しくなる。わずかな不安なんて、ぱっとかき消えてしまう。

「ねえ、なまえ」
「…な、んですか」
「好きだよ」
「?!!」

きらきら瞬く星空の下で。
今度こそ顔を真っ赤にして、慌て始めたなまえのことを、俺は心から愛しいと思った。

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