「影山君ー、おーい」

上から降ってきた声にゆっくり顔をあげれば、マフラー手袋タイツ等防寒対策ばっちりのみょうじが俺の机のそばに立っていた。…一応、これは俺の彼女なる人物である。直接言ったことは一度もないが、巻いているマフラーが相変わらずよく似合う。
どうやら登校してきたばかりらしく、カバンを持ったままで、髪の毛がところどころ乱れていて、そして頬と鼻の頭がほんのり赤い。
おはよ、と言われたので、軽くうめいて目を擦った。…眠い。今何時だ。いやまだ朝か?ぼーっとしながらふらふら頭を振っていると、みょうじは俺を見てふはっと笑みをこぼした。

「なんか影山君さ、動物みたいだよ」
「?…??」
「なに、もう冬眠中?」
「………」
「わ、ちょ、いたたたたごめんごめん」

ちょっと茶化すような口調にむっとして垂れ下がったマフラーの端を無言で掴んで軽く引っぱると、みょうじは痛そうにしつつもやけに楽しそうにけらけら笑った。その笑い声に引っ張られるようにして、徐々に目が覚めてくる。
がやがや賑やかになりつつある教室の中の景色が、しばらくするとだんだんはっきりしてきた。

「…で、なんの用だ」
「ん?おはようって言いたかっただけ」
「わざわざ起こすか……?」
「…っうわうそうそ引っ張んないで、ほら、澤村先輩が呼んでるんだって」
「!?」

はやくそれを言ってくれ。
マフラーから手を離してやると、みょうじは絡んだ髪の毛と格闘し始めた。それを気にせず見れば確かに教室の扉のところに、ちょっとこちらの様子を面白がるような顔をしている大地さんの姿があった。慌てて立ち上がる。



**



冬眠がどうこう、などと言っていたのは、みょうじの方ではなかったのか。
それを指摘するとみょうじは明らかに悔しそうな顔をして、仕方がなかったのだと呟くように言った。聞けば昨日夜寝るのが遅かったらしい。
いまは二時間目を終えた休み時間である。みょうじは俺の机のそばに来ている。
さっきの国語の授業中のことなのだが、俺の席から二つくらい離れた列の前方にいるみょうじの頭が、ふらふら揺れているのがずっと見えていた。かくん、かくん、とリズムを刻んでいるかのようなその頭の動きに、なんとなく頬が緩んでしまった。なんだよ人のこと言えねーじゃねえか、なんて思っていたら、みょうじはすぐにまわって来た国語教師に揺り起こされ、小言を言われたのだ。

「俺は寝なかったけどな。国語」
「ほんと常習犯のくせに、なんで今日だけ」
「?いやまあ、たまたまだけど」
「…なんかそれ堂々と言いすぎ」

ぷっとみょうじが笑みを零す。しかしすぐに、決まり悪そうな先ほどまでの表情へと戻る。どうやら結構、小言を言われたのを気にしているようだ。
…普段とは立場が逆であるためか、すこし気分が良い。そう俺が感じているのがわかっているのだろう、みょうじは俺の顔を見てはその目を細めている。本人的には睨んでいるつもりなのだろうが、さっきまでの睡眠が原因なのか、それはどうにも眠そうな表情に見えた。くあぁと欠伸をするのを見て、尚更そんなふうに見えてくる。

「…あーあ、影山君も寝てれば良かったのに」
「みょうじってもしかして怒られたの初めてか」
「そりゃ、うん。誰かさんとは違って私真面目だから…!」
「あ?誰だよ」
「え」
「?」
「ちょ…影山君以外にだれがいんのっ」

なんか腹立つ…!と零したみょうじだったが、そこでもうひとつ欠伸をした。なんだか、そうして目にうっすら浮かんだ涙を擦っている姿は、なかなか見ないものだ。朝は寝ぼけていて気づかなかったが、どうやらみょうじの睡眠不足はなかなか深刻らしい。いつも元気そのものな奴がこうなると、かえって気になる。

「なんでお前そんなに眠そうなんだよ」
「えっ?なんでって」
「夜あんま寝てねえ、っていう理由は」
「い、…いや、たいしたことではないんだけど、その、まあえっと」
「??」

そのあからさまに挙動不審な様子に、俺は疑問符を浮かべるしかなかった。
…昨日は電話もしてないし、メールも俺が寝るのが早くて夜更かしするほどのことはなかったはず。となれば俺の知らない何かが原因なのだろうということは簡単にわかる。そしてこの反応からして、それは俺に知られたくないこと、なのだろうか。
改めてみょうじをじっと見つめてみる。

「あ、ほらそのべ、勉強みたいな」
「………」
「ほんとだって、ほんと!なにその目!」
「………」

結局、そんなふうにみょうじがわたわたしているうちに休み時間は終わった。三時間目、再びみょうじが眠り始めたのを見てさすがに心配になる。あれ大丈夫なのか、あいつ。
というか俺に言えないことで、夜更かししてしまっているって、一体何なのか。
しかしそのときの俺に、そんなことがわかるはずもなく。みょうじはその後も数日眠そうにしているのが続いたが、理由を知られたくなさそうだったので、俺も深く聞かずにいた。


ーーーみょうじの寝不足。俺にその原因を話したくない理由。隠し事がめちゃくちゃ下手なくせに懸命に嘘までついていた訳。
恋人として初めて迎えた、いわゆるクリスマスに、顔を赤くしたみょうじから手渡されたプレゼントを目にした時。やっと、俺はすべてを理解することとなったのだった。


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