男子高校生が一ヶ所に集まるとなれば、どんな話を経るにせよ最終的には女子の話へと行き着く。
理想の女子に始まり、好きなアイドルや女優、自分のタイプ、そしてクラスの可愛い誰それへと。その手の話題は不思議と尽きることがない。部室のすみのなんかいま人気らしいアイドルのポスターにも、これは誰の好み、みたいなことがごちゃごちゃ書き込まれている。

今日も今日とて騒がしい部室で、現在盛り上がっている話題は、彼氏彼女というものについてだった。
彼女にしたいのはどんな子か。来てほしい服は何か。同級生か先輩か後輩か。話題は尽きるどころかむしろヒートアップしてゆく。だらだらと荷物をまとめながら、部員たちは笑いながら話を続け、俺はすこし離れてその流れをぼんやり見ていた。近くには月島も、俺と同じく騒ぎからちょっと離れてそれを眺めている。

「潔子さんを彼女にするだなんて恐れ多い!でも正直彼女になってくれるならなってほしい!」
「わかる!それはわかる!!」
「いや西谷、俺全然わかんねえよ」
「俺あいつらがたまに本気で不安になる…」
「なんで旭が心配してんの」
「このどうしたらいいかわからないもどかしい感じを多分人は青春と言うんだぞ縁下!」
「違うだろ」
「そうだな!龍!」
「おう!」
「でもまあつまり、田中も西谷も年上派なのかなあ」
「いやー、たまたま清水がひとつ上なだけだと思う」
「たぶんそんな感じですよ」
「だよなあ…」
「で、日向は妹いるんだっけ。…じゃあ年上派なのかな?普通に同級生?」
「えっ、と、年下です、か!」

日向が真っ赤になったのに気づいて、部員たちはどっと沸いた。質問した菅原さんが、「日向はまだまだこういう話、耐性なさそうだなー」と言ってまた笑いが起きる。
そこで月島が帰り支度を終えたのか、立ち上がった。山口が慌てた様子でその後について立ち上がる。
そして二人がドアから出ようとしたそのとき、だった。

「というか、俺いま話聞きたいのはさ、影山なんだよ」

突然菅原さんがそう言って、こちらに話を振ってきた。あまりに急でびっくりしている俺に向かって、菅原さんはにやりと笑った。どうやら何のことか察したらしく、大地さんと東峰さんが目配せし合っている。…いやな予感。
月島が、興味を引かれたようにこちらを振り返ったのが視界の端に見えた。

「俺見たぞー」
「な、なにを、すか」
「昨日の帰りさ、隣にいたの、彼女?」

部室がしんと静まりかえる。騒いでいた部員皆の視線が、俺に向けられているのを感じた。
菅原さんも他の人たちも、俺の返事を待っている。それ次第では、多分俺はこの後えらい目に遭う。…そんなことがわかっていながらも頷いてしまったのは、3年の先輩たちの瞳にはどれも確信の色があったからだ。これは言い逃れできない状況だ、と俺でもわかった。

「はあああ?!」
「…………」
「いやいやいや待て待て待て」
「待て、影山早まるな、な」
「べつに早まってるとかじゃ、」
「そんなはずはない、後輩に先を越されるなんてそんなはずはない!!!!」
「さてはお前、いっつも俺らの会話、何くだらねえこと言ってんだ的なこと考えてたんだな?!」
「うおお!腹立つ!」
「ぐぅおおおお」
「俺たちが潔子さん潔子さん言ってる間にぃぃぃ」
「負けたぁっ…!」
「…ちょ、お前らちょっと落ち着けっ」

先ほどまでの盛り上がりも相当なものだったが、そんなの全然かわいいものだった。菅原さんの言葉も聞こえない様子で取り乱す先輩たちにさすがにびっくりしていると、大地さんが慌てて止めに入り、うるさい、と一喝した。



3年の先輩たちの見た”彼女”、みょうじなまえと俺はすこし前から付き合い始めた。小中高一緒で、でもちゃんと喋るようになったのは高校入ってから。たまたま席が近くなったとき、みょうじのほうはもともと俺と話してみたかったのだと言っていて、そこから気づけば親しく話ができるようになっていた。
先輩たちに強要され、俺はかいつまんでそんな説明をした。帰ろうとしていたはずの月島は、戻ってきてにやにや笑いながら話を聞いている。

「そっかぁー、やっぱ彼女だったかぁ」
「まああれだよな、あの雰囲気はそうだったもんな」
「お似合いだったよなあ〜」
「……!」

お似合い、とは。若干からかわれている感じは伝わるものの、嬉しくないわけではない。
俺とみょうじがお似合い、か。
すると俺の表情の変化に気づいたのか、日向が突然その顔を引きつらせた。

「かっ…か…」
「?」
「っ影山が彼女の話題で嬉しそうとか!きもい!」
「あ?!」
「だってほんとのことだろ!にやにやすんなよ!」
「にやにやはしてねえよ!」

ボゲ!と吐き捨てると日向は部室の端へと逃げようとした。追いついてがしりと頭を掴む。
ぎりぎりと手に力を込めていると、先輩たちは俺と日向の騒ぎを尻目になにやらしみじみとした様子で、

「にしてもなあ…影山に彼女ってなんか、感慨深いものがあるな」
「すごくわかる」
「初めの頃の影山とか、友達すらいるのか不安だったわ…」
「あー…」
「成長したんだな…」
「…ぶっふ。影山クン、なんか感動されてるみたいですよ〜」
「なんで笑ってんだよ」
「ま、そりゃあねー数ヶ月前はあんなこと言っちゃう人でしたからねー」
「あ!?!」

なんども繰り出される俺の手からぴょんぴょん跳ねて逃れつつ、日向はぺたん、と髪を押さえてげらげら笑って見せた。いつだったか、俺のマネとして同じようなことをしていた気がする。
…こいつはあとで一回本気で頭殴る。まるで見守られているみたいで今俺は先輩たちの会話にひどく気恥ずかしさを感じているから、そのぶんも含めて思いっきり。
しかし日向はなんとなく危険を感じたらしく、菅原さんのそばへと逃げた。
舌打ちしつつスポーツバッグのところへ戻れば、月島がこちらを見ていた。お馴染みの笑顔を浮かべて。

「それにしても影山に彼女とはねー」
「次はお前かよ」
「なにその言い方?」
「知るか」

早く帰れよ。

「…影山の彼女なら、僕も見てみたいかなあ」
「なんでだよ」
「だって絶対変でしょ、きみと付き合えるとか。僕ならムリ」
「わざわざんなこと言ってくんじゃねーよ!」
「それはそうと、ねえ。コレ。ペアキーホルダーとかいうやつじゃないの?」
「……!!!」

ずっと気になってたんだけどさ、と言う月島の右手には俺のケータイがあった。気づかないうちにとられていたらしい。イニシャルの入った、小さなキーホルダーが揺れる。

「そして僕の持っているものの中にも、いろいろ恥ずかしいものがありそうだね?」
「てめ…、っ?!」

言葉を無くし月島に向かっていく決意をした俺の前を、突然猛スピードの何かが通った。…いや、何かっていうか。

「よくやった月島ァ!」
「よしそれを俺らに渡せ!」
「え、でも」
「ふははは、これをこうしてくれる!」
「はぁあ?!ちょっとやめてくださいっ」
「メール!メールを見るんだ龍!」

大地さんに怒られてからぴたりとその動きを止め、縁下さんや木下さんたちに何度か声をかけられたもののじっと二人で静かに隅に座っていたはずの、田中さんと西谷さんが。俺のケータイを月島から奪い取り、ぽかんとしている月島を余所に恐ろしい形相でメールを遡り始めた。さすがにやばい、そんなことされたらたまったものではない。



結局俺は大地さんのおかげで、あの場を脱することに成功した。加えて荷物をまとめるのももともと終えていたから、部室をすぐに出られて一足先に帰路についている。あたりはもう真っ暗だった。
しかし。
西谷さんたちはメールメールといいながら写真のフォルダを開いてしまったらしい、みょうじの顔が割れた。きっと明日には捜索が始まる。

「ふうむ、ああいうのが影山の好みかぁ」
「いじらねばならん、なあ日向!ノヤっさん!」
「おす!」
「そうだな龍よ!」

「…………」

ふと思い出したのは、部室を出る寸前の3人の会話。…全部聞こえてんだよ。
明日からのことを思うとなんだか憂鬱だ。部活を終えてからのことを思うと頭が痛い、とにかく当分ケータイは絶対手離せないだろう。

向こうで俺を待っている、みょうじの姿を見つけた。…今からいろいろ説明しなくてはならない。
さすがに怒りはしないだろうが、写真を見られたことやメールを見られたことで、多少機嫌が悪くなってしまうことはあるかもしれない。
しかしそこでみょうじがこちらへひらひら手を振るのが見え、案外笑って済まされるというのもありそうな気がしてきた。月島が、変わってるだろうだのなんだの言っていたが、確かにあれは間違ってはいないし。

…どちらにせよ、だ。俺はこの先みょうじのことを、バレー部員たちのあの騒ぎに巻き込んでいってしまうことになりそうだ。
俺は諦めにも似た気持ちでひとつため息をついて、小走りでみょうじのもとへと急いだ。


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