「もう知らない!帰る!」
「は、ちょっ」

走り出した私の後ろで、飛雄が烏養さんに呼び止められる声が聞こえた。となればどうせバレーの話をするのだろうし、きっと飛雄は立ち止まってちゃんと、烏養さんの話を聞いているに違いない。
すぐには追いかけては来ない、とわかってほっとした反面、腹立たしい気持ちにもなった。
…バカ飛雄め、このバレー馬鹿め。



バーカ、と呟いてみても、その文句に対し負けじと言い返してくるはずの人はいない。暗い道をぶーぶー言いながら歩く、私の隣にいるはずの人はいない。
もうむなしい上に寂しい、あーあ、何だかなぁ、なんでこうなっちゃうかなぁ。
家までの道のりはまだしばらくある。気を紛らせたくて、私はiPodを取り出して適当な曲を流し始めた。しかし選曲を間違えたようで、なんだかひどくセンチメンタルになってしまう哀しげな歌声が耳に入ってきた。最近流行っていてとりあえず入れてみたものだ…今聴くんじゃなかった。

「…………あー、もー」

なんだか音楽を聴く気も失せて、イヤホンを外し立ち止まった。前方の街灯が、淡くあたりを照らし出している。見上げれば頭上には満天の星空が広がっていて、なんでこういう日にかぎってこうも綺麗なんだろ、なんて思った。



ーーー今日は1日嫌なことが続く日だった。1年に2、3日あるかないかくらいのレベルで。小テストは凡ミスで全部落ちてたくさん再テストを課せられたし、体育で頭に思いきりバスケのボールが当たったし、お弁当を家に忘れてきて購買のパン争いに加わらなきゃいけなかったし、なんにもないところで転んで膝を擦りむいたし、エトセトラエトセトラ。自分のせいなのがほとんどではあったんだけど、もしかして誰かに呪われてるのかもと思うくらいにはひどい1日だった。
そうして憂鬱かつ悲惨な気分に浸っていた私は、あまりにも些細なことで、仲の良い後輩であり彼氏でもある飛雄と喧嘩をしてしまった。というか一方的に私がキレたのだ。私にも、なんであんなことで怒ったのかはわからない。冷静になればなるほど、申し訳なくて仕方ない。
…私のほうが年上なのに、向こうが大人みたいに思える。こうして一人で帰ってるのも、帰り際に喧嘩して私が学校から飛び出してきたからだし。

「てか遠い……」

今更ながら私は、いつもと違う帰り道を選んだことを後悔していた。なんだかいつもの帰り道を一人でっていうのが嫌でここまで来たのだけれど、あまり変わらない。むしろ距離が長い分あれこれ考え事をしてしまうから逆効果だったかもしれない。…後先考えない私のこの悪いところ、どうにかして治せないものだろうか。
加えて。不器用ながらも私のそばにいてくれる、あのびっくりするほど単純で無愛想な彼が、もう既に恋しくなっていることにはもはや呆れるしかなかった。

「…飛雄ー……って、うわあぁ」

突然ブーッとケータイが震えた。まさについ呟いてしまっていた名前そのものの人物からの電話で、心臓はばくばくである。まるで心を読まれたかのようなタイミングだった。
影山飛雄、と画面に表示された名前とわずか数秒睨み合ってから、私は半ばヤケになって通話ボタンを押した。もうどうにでもなれ。ぱっとケータイを耳にあてる。

「先輩この時間に一人で帰るとかもしかして馬鹿なんですか」
「?!……、」

初っ端からズバッと斬られた。思わず黙ると、電話越しに飛雄がひとつため息をついたのがわかった。

「もう、家ですか?」
「ううん」
「今どこなんすか」
「…し」
「し?」
「嶋田マート」
「はあ?全然方向違うじゃないすか」
「………」
「チッ…わかりました」
「え?なに…、って切れた!」

舌打ちされたと思ったら、突然ブツッと通話が切れた。通話時間わずか20秒ほど。何を考えているのかよくわからないけれどとりあえずわかることはひとつ、今から飛雄はここへやってくる。たぶん走ってくる。電話のむこうでも、畳み掛けるような話し方をしながらもわずかに息切れしていたし、たぶん私を探していたのだと思う。
…あんなに理不尽に、私に怒りをぶつけられたのに、飛雄はバカだ。喧嘩のことなどそっちのけで、私の居場所を尋ねてくるとは。
でも飛雄が、前から遅くに私が一人で帰ることがないよう彼なりに気を遣ってくれていたのは知っていたから、私はここでじっと飛雄を待つしかなかった。


***


飛雄はどうやら私の家まで、いつもの帰り道を辿って走ったらしい。私が嶋田マートにいると知ったらその倍のスピードで走ってきたらしい。

「ごめん」
「ソレ何回めですか」
「5回目。ごめん」
「だからもう、いいですって」

隣を歩く飛雄は満足げな顔で、私が奢ったアイスをかじっている。もう秋だしちょっと肌寒いくらいだけど、それでも素直に喜んでいる様子だった。身長が高く大人っぽい顔をしてるくせに、こういうところは年相応だ。

「…飛雄は、怒ってないの?」
「え?そりゃ、一人で帰ったのには、怒ってますけど」
「そうじゃなくて。私が勝手に怒ったことだよ」
「あー…まあ、なんつーか。慣れました」

そうさらりと返されて、私は絶句した。

「な、慣れたって…?」
「なまえ先輩子供みたいだし」
「子供?!」
「なんかこう、駄々こねられてるって思ったら別に」
「は?!」

いちいち反応する私がおかしかったのか、飛雄はわずかに口元を緩めた。

「つーか先輩が怒ってるとき、大体意味わかんないんすよ、言ってること」
「…うん、それはわかってる」
「だから大して気にしてません」
「…………」

以前から思っていることだけど、飛雄が変なところで私より大人なのは、一体どういうことだろう。たぶん子供がわーきゃー喚いてる、くらいにしか捉えられてないんだとは思うけど。
ふいになんだか鼻の奥がつんとしてきて、じわじわ目頭が熱くなりだした。なんだろう、ほっとしたからだろうか。あっというまに視界がぐらぐら揺らぎだす。
私の表情に飛雄は驚いた顔をしたあとで、すぐにハンカチを差し出してきた。用意がいい。

「なんかむかつく…」
「そういうとこっすよね」
「何がよ」
「子供っぽい?」
「………」

ばし、と力をこめてその腕を叩いたものの、たいして痛くもなさそうな顔で手を取られた。…アイス片手に私を引っ張るようにして歩く飛雄。どう考えても同い年かそれ以上だ。ありがとう、と小さく呟くと飛雄はこくんと頷いた。

「で、先輩」
「ん?」
「俺に向かって怒るのは別にいいんすけど。もう勝手に一人で帰るのは、…」

そこで飛雄は言葉を切った。急に恥ずかしくなったのかもしれないし、アイスにぱくつきたくなったからなのかもしれないし、その両方かもしれないけど、心なしか斜め上にある耳が赤く見えるのは気のせいだろうか。

「…りょーかいです」

そう返事したら、飛雄が口をもぐもぐやりながらちょっとだけ笑った。私も笑った。
…どんなにひどい1日だったとしても、最後にはこうして飛雄が隣にいてくれる。一方的な喧嘩もしてしまったけれど、いつにもまして飛雄が優しいからもういいや。

ーーー飛雄と一緒に、とりとめもない話をして、星空を見上げながら歩く帰り道。いつも通りのそれに、何故だかまた泣きそうになって、私はそっと繋ぐ手に力を込めた。


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