幼馴染という間柄からの脱却を心に決めてはや半年…これが案外難しいのだ。友達には散々、告白しろだの何だのと急かされてきたものの、なんだかいまの、一番距離の近い異性という関係が心地よくなってきてしまったわたしは、未だ孝支くんとは恋人関係にはなれずにいた。

それで今。わたしは6組なのだけれど、模試を数日後に控え漢文と英語に大きな不安のあるわたしは孝支くんという先生のもと、4組の隅っこにて昼休みを勉強に充てていた。
孝支くんはわたしの前に座って、振り向く形でわたしが問題を解く様子を眺めている。今取り組んでいるのは英作文。…好きじゃない。

「孝支くん、ここでなんでこの形になるの」
「え?あーえっと、ここはね…」

孝支くんは向かい側から、すぐにわたしにわかりやすいよう言葉を選んで解説をしてくれた。時制、文法上のきまり、節のはたらき。解答に印をいれつつ進む孝支くんの説明は、相変わらずちょっと悔しくなるくらいにわかりやすい。

「……なんでそんなに勉強が出来るの?」
「それいつも言うよなあ、なまえ」
「だってなんか、なんかさぁー…!」
「はは、またそのふくれっ面」
「笑わないでよっ」

孝支くんはその顔をふわっと緩めた。見慣れたその表情でも、思わずどきっとさせられる。ごめんごめん、と予想通りの言葉で、孝支くんは謝ってきた。


冒頭で言ったように、わたしと孝支くんは幼馴染である。いわゆるお隣さんというやつで、物心つく前からわたしと孝支くんは一緒だった。
あの頃はわたしのほうが背が高くて(ちょっとしか差はなかったけど)、わたしお姉ちゃんの立場だった。全然わたしは覚えてないのだけれど、孝支くんを守ってあげるのだ、なんてお母さんに言ったこともあったらしい。
同い年にも関わらず、わたしは孝支くんのことを弟のように可愛がっていた。
…それなのに。今や、私は孝支くんに勉強を教わり、宥められ、勉強以外でだって何かと手を焼かれている。そうしてくれてありがたいし嬉しいし、助からないはずがないんだけど、私にはそれがちょっとだけ不服でもあった。
いつの間にかこうして、面倒を見られる立場になっている。

「てことはhave…haveはここ…であってるよね」
「うん」
「あ、なんとなくわかったかも。じゃあここは時差があるから、」
「そーそーそー」

改めて英文を書き上げて見せると、おお出来たじゃん、と孝支くんが笑った。まるで自分のことのように喜んでくれていることがよくわかる。
その笑顔に再びときめくと同時に。なんか孝支くんが可愛い、と思ってしまった自分がいた。

ーーー運動部に入ってて、私よりずっと背が高くて、ちゃんと筋肉もついてて。あの頃からはずっと大人びた表情もするようになったし、声だって低くなった。
それなのに、たまに私は今みたく、孝支くんを可愛いと思ってしまうことがある。
むかしの孝支くんの面影が見られる笑顔だからか、単に女の子のような丸い瞳や眉に対してなのか、定かではないけど。

「…ねえ、孝支くん」
「んー?他にどっかわかんな、」

そこで菅原くんの言葉は途切れた。私がその頭に、ぽんと右手を乗せたからだ。男の子のものなのに、さらさらして色素の薄い綺麗な髪の毛に指を絡めて、よしよしと撫でてみる。孝支くんはわずかに目を細めた。

「…なまえ?これはいったい」
「懐かしいでしょう〜」
「…んー、うん」

すると素直に孝支くんは頷いた。ちょっとおかしくなって笑ってしまうと、孝支くんは途端に恥ずかしそうな顔になる。でもわたしの手を払いのけようとしないあたり、やっぱり可愛い。
幼い頃孝支くんは、こうして撫でられるたび嬉しそうに、いま孝支くんが僅かにみせているような表情を浮かべていたのだ。

「なまえ、ほら。問題やるべ」
「…はーい」

しばらくするとさすがに周りの目を気にしたのか、孝支くんはわたしにそう言った。おとなしく従うと、孝支くんはほっとしたような顔をする。
それに軽く吹き出してしまいそうになったわたしに、孝支くんは見るからに照れた顔になって、頭をかいた。その頬の赤さが伝染したのか、わたしもなんだか顔があつくなってしまう。

ーーーわたしたちのそんな相変わらずな様子に、大地くん…というか教室中の人たちがもはや呆れ返っていたのだということを、知る由もなかった。


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