彼女が出来た。
名前はみょうじなまえ、歳はひとつ下。
学年が違い、入っている部活が同じわけでもない。そもそも半年前までは、その存在さえ知らなかった。
そんな俺とみょうじがこうして付き合うようになったきっかけはというと案外ベタなもので、及川に話してみたところ遠慮なく爆笑されほどだ。まぁもともと遠慮なんて知らない奴だといわれれば、確かにそうなのだが。


昼飯を忘れ、仕方なく購買の長い列に加わることを決意した昼休み。あー腹減った、と内心愚痴りながら購買へむかっていると、既にずらずらと連なっている列の中に見慣れた後ろ姿を見つけた。ちょっと迷ったものの、声を掛けない理由もないので、近づいていった。

「みょうじ」
「?…あ、先輩。こんにちは!」

満面の笑みが俺を迎えた。自然、俺の表情も緩む。

「おう。何か買うのか?」
「メロンパンでも食べようかなって。先輩は?」
「俺はコロッケパン3つ」
「みっ…3つ?」

そんなにお腹に入るんですか、と驚いたように尋ねられ、頷くとみょうじは素直に尊敬の眼差しで俺を見た。

「さすが先輩ですね!」
「おう…?つーかみょうじ、一人なのかよ」
「そうですよー。課題に追われてる友達の代わりに、二人分買って戻るつもりなんです」
「そうか」

言いながら、列入りますか?とみょうじは隣に入れてくれた。ためらうくらい長い列だったから、そうしてくれて正直助かった。
みょうじは、親しげな笑顔を浮かべ、俺を見上げるようにしてあれこれ話を続けた。今日の担任の話は総じてつまらなかったとか、午前中ぶっ通しで寝てたやつがいたとか、相変わらず廊下ですれ違う度及川に絡まれるとか。この後輩は、こうしてとりとめもなく毎日のことを喋るのがわりと好きなのだ。そして俺も、そんなお喋りにちゃんと付き合ってやるくらいには、みょうじとの会話を楽しく感じているのだった。

「で、もうそれがすっごいかっこよくて!見ててすっきりしましたー!」
「みょうじでもそーいうの見んだな。アクション?ていうのか?」
「見ます見ます!岩泉先輩は、映画とか見ないんですか?」
「え…俺か?あーまあ、見ないこともないけど」
「じゃあ今度行きましょうっ」

付き合い出して一週間が経とうという今日までに、俺たちの間ではいくつも約束が出来てしまっている。ほぼ、こうして話してる途中でみょうじが言い出したことなのだが、それでも約束にはかわりない。その内容はといえば映画やカラオケに始まり、クリスマスに至るまで。多分みょうじは俺が受験をする身であることを失念しているのだろうが、それでも出来るだけの希望は叶えてやるつもりだった。惚れた弱みというものだろうか、それくらい造作もないことだと思えてしまう。

そうしているうち前に並ぶ人の列はどんどん短くなり、あっという間に俺たちの番が来た。メロンパンとあんパン、そしてコロッケパン3つ。まとめて俺が注文するとみょうじはぽかんとして俺をじっと見ていたが、構わずそれらのお金まで払ってパンを受け取り列を離れた途端、「え!」と大きく声をあげた。

「なんでですか、いいですよそんなっ」
「その友達って、あんパンでよかったか?先に聞いとけばよかったな」
「全然大丈夫ですあの子あんパン大好きだからっ、…ていうか先輩それはだめです!」
「気にすんな」

慌てるみょうじを軽く宥めて、さて戻るかと俺は教室に向けて歩き出した。しかしすぐに俺の隣にぱたぱた走ってきて並んだみょうじは、その小さな体で精一杯、俺を引き止めた。

「だってこんなの、申し訳ないっていうか…!」

見ればかなり真剣な表情をしていた。妙に律儀なところがあると知ってはいたが、さすがにちょっと笑ってしまう。

「あのな。彼氏に奢ってもらうくらい、普通だろ」
「え」
「?」
「…か、か、れし」
「!?」

一気にみょうじがその顔をゆでダコみたいに真っ赤に染めて、完全に動きを止めた。あまりにもウブな反応に、こちらまで照れてしまう。

「そ、そういうことですか…」
「そういうことっつーか…うん」

結局は、俺がしたくてしたことなのだ。彼氏だからしなきゃいけなかったとかそういうんじゃないのである。しかし説明するのもなんだか恥ずかしくなってきたので、俺はこれ以上何も言わずにおくことにした。


やがて、頬にまだわずかに熱を感じつつ、2年の教室のある階まで来た。階段で隣を歩きながら、みょうじがすこし名残惜しそうに視線を向けてくるのには気づいていた。…ただでさえ学年は違うし俺には部活もある、そして今日は一緒に帰ることが出来ない日だというのもあるからだろう。何か言いたげにしているから、あえて俺は何も言わずにみょうじの言葉を待った。
ーーそして別れ際。みょうじはついに俺の手をぱっと掴んだ。迷うように視線を彷徨わせ、ゆっくりと口を開く。

「あの」
「…なんだ?」
「今日、一緒に、食べれませんか。お昼」
「?でも、友達待ってんじゃねーのか」
「どうせ課題に潰されてます。それに話せばわかってくれます。
…あんパンあげてすぐ戻ってくるから、だから」

一緒に、どうですか。
そんなふうに言われて、断れる俺ではなかった。きっと昼休みを終えて教室に帰ったら、購買から帰ってくる俺を待っていたであろう及川に何かしら察されてからかわれるに違いない。しかしそれでもみょうじからの誘いを受けよう、と思ってしまう自分がいて、すこし呆れた。
頷くと、みょうじは嬉しそうに頬を緩めた。その様子を見てなんとなく思ったーーーこの後輩には今後もきっと、本人にそのつもりはなくとも振り回されてしまうのだろう。

行き先を屋上へ変更し、みょうじとともに階段をあがっていく。ありがちな出会いから始まって、ほんの数ヶ月で俺のいろいろなものに影響を与えるようになり、一週間前にははっきりと俺の隣にいたいと宣言した、俺のすこし前を行くその後ろ姿を見つめていたら、なんだか柄にもなく柔らかい気分になってしまった。


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