みょうじさんのことは、もとから一応知ってはいた。たしか月島や山口と同じクラスで、烏野の生徒会のなんかすごい人…みたいな、ぼんやりした感じでだったけど。
それと。頭が切れて、自分にすごく自信があって、びしっとした物言いをして、みたいないわゆる”デキる人”なイメージを、俺は勝手にみょうじさんに対して持っていた。


ーーーしかし一ヶ月前。そんなイメージは、あっけなく崩れ去ることとなった。

たしか夏休みが明けたあたりだったように思う。平日にも、部活の最後の練習メニューが自主練になって、それぞれ帰る時間がばらばらになってきた頃。
その日は俺は部活に最後まで残っていて、片付けだの何だのを全部終えてやっと、校門を出た。あたりはもう真っ暗だった。
そしてぼーっとしながら、坂を下りきったあたりで、突然。とん、と後ろから軽く腕を叩かれたのである。
くるりと振り向けば、そこには知っている顔があった。びっくりして目を丸くした俺に、その人は慌てたように、口を開いた。

「あっ、その…影山飛雄くん、だよね?」
「?!っう、うす」
「えっと、驚かせてごめんね」
「いや…」

控えめな、ふわりとした優しい声で名前を呼ばれた。なぜ俺の名前を知っているのかーーーというかその前に。この人は、あの生徒会のみょうじさんだ。そう気づくのにたいして時間はかからなかった。

ほんとに影山くんだ、となにやら嬉しそうに笑うみょうじさんに、なぜかすこしだけ胸がざわつくのを感じた。…そんな俺の心中も知らずに、相変わらずにこにこ笑いかけてくるものだから、ちょっと困ってしまう。

「あー…、…それで、あの、俺に何か用事すか?みょうじさん」

そう問いかけてみると、みょうじさんはびっくりした顔をした。

「え、なんでわたしの名前知ってるの?」
「だってみょうじさん、生徒会じゃないすか。ていうかそっちこそなんで俺の名前を?」
「あっえっとわたしこないだ、烏野のバレーの試合見てね、」

ほんとにたまたま見ただけだったんだけど、それですっかり夢中になっちゃって…クラスの子にいろいろ聞いたの。
そう続けて、みょうじさんは照れたように笑った。
どうやらそれが、俺にこうして声を掛けてまで話したかったことらしい。呆気にとられる俺に、みょうじさんは俺やバレー部のプレーについての感想を、突然きらきらした表情で語りはじめたのだった。
ーーーそういうわけで、俺はみょうじさんへのイメージを、いろいろと改めざるを得なかったのである。






帰り道がほぼ同じ。お互い生徒会と部活があって、学校を出る時間もほとんど同じ。
べつにそうしようと思っていたわけではないけれど、いつの間にか。部活を終えて帰路につくと、そばにみょうじさんがいることが多くなった。
知らない人とすぐ仲良くなるなんてこと、俺の苦手とする分野のはずなのに、どうしてこうなったのかよくわからない。けど、帰り道の途中に、みょうじさんが俺を見かけるたびそばへやってきてバレーの話をしていたのがもとだと思う。ふわふわした印象の割に芯か強いというか、何というか。ペースに巻き込まれている感じは否めない。
いまじゃ、校門を出るあたりで、無意識にその姿を探している自分がいるくらいだ。ーー俺の中で何が起きているのか、はっきりと理解したのはいつだったか。


今日も、校門のあたりでみょうじさんと合流する形になった。
なんとなく定まっている距離感を保ちながら、坂を下る。ゆるく居心地のよい雰囲気の中、みょうじさんのほうをちらりと見るとなにやら上機嫌な顔をしていた。いつになく嬉しそうだ。

「…なんかあったのか?」
「?なんか、って?」
「いいこと」
「…あー。ふふ、あったあった」
「?」
「聞きたい?」

満面の笑みを向けられたのでちゃんと頷いてみせる。すると、みょうじさんは口元を緩めながら、今日の生徒会の、文化祭についての話し合いがうまくいったのだ、というようなことを教えてくれた。
それに加えて、文化祭を無事成功させれば、生徒会担当の先生からご褒美がある、と知らされたらしく。

「まあご褒美っていうか、お疲れ様って意味なんだけど…ちょこっと差し入れもらえるらしくて…!」
「おお。それでそんなに」
「そう、こんなに!」

思わず、ちょっと笑ってしまった。…みょうじさんが生徒会らしく活動しているところはたまに見かけるけど、こういうところもあるんだよな、この人は。
自分が、みょうじさんといるときが一番、やわらかく笑えている自覚はとっくにある。



やがて、いつもそこでみょうじさんと別れる信号が、向こうに見えてきた。
夕焼けの中、隣でみょうじさんがちょっとだけ寂しそうに笑った気がした。…まあ二人で帰る度思うことだから、気のせいなんだろうけれど。
そしてそろそろ着くか、というところで、それまでしていた他愛ない話も終わる。あとは信号を渡るだけ、…というところで。思わず、俺はみょうじさんの名前を呼んでいた。みょうじさんがこちらに顔を向ける。

「んー?なに?」
「明日から、帰り。送る」

途端に、みょうじさんはその目を見開いてこちらを見た。やけにはやいリズムの鼓動の音が、俺の耳に入ってきた。

…べつに、よく帰るというだけで、毎日一緒なわけじゃなかった。出くわせば、帰りが一緒になる、というだけ。
それをいま。言うつもりはなく思っていただけのことだったのに、思わず口にしてしまっていた。…やってしまった。
でも、暗いと危ないからとか、帰る時間も道もたいして変わらないからとか、言い訳するような気にはなれなくて、俺はもう何も言わず口をぐっと引き結んでいた。

「…………」

みょうじさんはいま何を考えているのか。ほんのり熱を帯びはじめた俺の顔を、やけにじっと見つめてくるものだからたまらない。その視線から逃れたくて、でも何かに捕らえられたかのように体が動かなかった。
やがてみょうじさんの頬もふわりと赤みがさし、俺に向けていた視線を外す。
しばしの沈黙。

ーーーそして隣から、小さな声。

「…よ、よろしくお願いします」
「!!」

…みょうじさんだって、たぶんそこまで鈍くはないだろう。俺の言葉の裏に、どんな感情があるのかなんてわかっているんだと思う。
それでも、耳まで赤くして、そう言ってくれたことが、俺はどうしようもなく嬉しかった。


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