四時間目が終わってさてご飯、と机の上を片付け終えたときにちょうど、教室の隅で女子が数名、小さく悲鳴らしきものを発したのがわかった。怖がっている感じじゃなくて、黄色い歓声という方が正しいであろうその悲鳴。
その声につられてドアのあたりを見てみれば、そこにいたのは。

「…徹、」
「あ、なまえ〜」

教室中の視線を一身に受けながら、お弁当を片手に満面の笑みを浮かべている幼馴染の姿がそこにはあった。教室をずんずん進み、わたしのいる席までやって来てから、徹はまたにこりときれいな笑顔を浮かべる。

「ねえなまえ。お昼食べよーよ、一緒に」
「岩ちゃんは?」
「言ってきたから大丈夫」

そっか、でも、と言いつついつもお昼を一緒に食べている友人達のほうをちらりと見たら、何やらにやにや笑っていた。わたしの視線に気づくと、わかっている、というようにこちらに頷いてみせる。徹が突然教室にきてわたしを連れていく、ということに、彼女たちはどうやら最近慣れてきたようだ。…ちょっとなんか、それはそれで恥ずかしい。
徹はそんなわたしの様子を特に気にすることもなく、わたしの腕をぱっと掴み、騒ぐ女子たちにひらひら愛想良く手を振りながら教室をあとにした。


屋上で、徹と並んでお弁当を広げた。季節はもう夏で、確かに暑いけれど、日陰に入ってしまえば屋上はすごく涼しいところだ。最近の徹のお気に入りスポットである。
徹の髪は風に煽られても崩れないんだなぁ、なんてことをぼんやり思いながら徹がぱくぱくご飯を口に運ぶのを見ていたら、ふと徹が顔をあげ目が合った。

「!」
「…え、なに、みとれてた?」
「な、なに言ってっ」

そんなんじゃないし、と続けて、わたしは慌てて箸を手に取った。徹はくすくす笑っている。からかうような物言いでわたしの反応を見て楽しそうにするところは、昔から全然変わらない。
…それでもわたしがこれに慣れることが出来ない理由は簡単ーーーわたしが徹に対して、特別な感情を抱いているからだ。


徹とわたしは、ずっとずっと小さな頃からの幼馴染である。徹の家が、うちのひとつ挟んで隣で、よく一緒に遊んでいた。そしてわたしはいつのまにか、自分でも気づかないうちに徹を好きになっていたのだ。すぐそばにいて、わたしに優しく接してくれて、気にかけてくれる存在。時折、徹はさっきみたいにからかうような態度もとるけれど、その柔らかい瞳で見つめられてしまうと腹立たしさなんてすぐに吹き飛ぶ。
さっきの教室でのあの友人たちは、わたしの気持ちを知っているから、こうしてたまにわたしが徹といなくなることを笑って許してくれている。


徹が突然、何か思いついたように笑って、わたしのお弁当にひょいと卵焼きを寄越してきた。

「!」

ご飯の上にやってきた、わたしの大好物である、徹の家の卵焼き。思わず頬を緩めて徹を見ると、同じくらい綻んだ顔で見つめ返された。優しい目にどきりとして、ぱっと視線を逸らす。
…二人でいるとき、徹はたまにこんな顔をする。たぶん教室とか部活とかでは、こんなふうには笑わない。それはなんとなくわかっているけれど、幼馴染相手だからなのか、それともわたしの期待するような理由からなのかははっきりしない。

「なまえ、すぐ顔に出るよね」
「そんなことないよ」
「ぷ、どの口が言ってんの」
「う、うるさいなぁっ…」

ぱく、と徹が続ける言葉を遮るように卵焼きを口に入れた。ふわ、と柔らかい食感とともに、独特の甘さが口内に広がる。ちょっと久しぶりに食べたその味に思わず目を細めていると、徹は上機嫌な顔で「そんなにこれ、好き?」と尋ねてきた。迷わずにこくりと頷く。

「うん、好き」
「ふふ、そっか」

徹は満足そうにうんうんと頷いてみせ、またお弁当に箸をのばした。何やら鼻歌なんて歌っているから、わたしはちょっと可笑しくて笑ってしまった。


***


ただの卵焼きひとつで、こんなに喜んだ顔を見せてくれるのだから不思議だ。自然、こちらも嬉しくなるというものだ。
弁当を食べ終えた俺となまえは、ゆっくり片付けを始めていた。何か俺が言うたび、笑ったり照れたりの反応を示してくるのが相変わらず面白い。

なまえが笑う顔が好きだ。楽しそうに、俺に向けてぱっと花開く笑顔。それが誰かのものになるということが、正直言って俺には想像が出来ない。
ーーー昔から、なまえの隣は俺で、俺の隣はなまえだったから。
そばにいるのが当然なのだ。

抜けるような青空の下。
立ち上がりながら、なまえはぴたっと動きを止めた。そして出来るだけさりげないつもりだったのだけれど、俺の質問にやはり驚いたのだろう、ぽかんとした顔で俺を見た。

「え…な、なんで知ってるの?」
「ちょっと小耳に挟んで」
「えっ」
「…で、されたんだね?告白」

こくり、となまえが頷いたのを見た途端、どろりとした感情が胸の奥で動いたのを感じた。そう、と平然を装い言ったものの、やはり動揺を隠せない。

ーーー幼馴染という間柄は、虫除けという点においてとても便利なところがある。なにも知らない人から見れば恋人同士のような距離感であり、幼馴染だと知っている人から見ても俺となまえのひどく親しい様子から、いろいろ勘違いされやすい。
だからこれまでに、なまえのことを好きになっても想いを告げようとする男子はめったにいなかった。俺がいるから。なまえがもてるけれどそれを自覚しない大きな理由はそれだ。

しかしこうしてなまえは告白され、どこか得意げな顔までしている。もしかしたらその男子にころっといってしまうのではないか、とそんな不安が頭を過った。

「ーーなまえ」
「なに…、?!」

きゅっとその手を握り歩き出すと、なまえが後ろでちいさく変な声をあげた。な、なに、と焦ったような反応が予想通りすぎて思わず笑う。

「まあまあ、今だけだから。階段降りたら離すから〜」
「え、ちょ、えっ」

戸惑いながらも、なまえはわずかに握り返してくる。昔からそうだな、となんとなく思った。俺が遊びに行くのだったりお昼だったりに誘うと、たいして疑問も持たず素直についてくる。幼馴染だから当たり前、というのが、無意識ながらも根底にあるんだろう。
階段を、手を繋ぎ並んで降りる。ちらっと盗み見てみれば、なまえはわずかに頬を染めているように見えた。…それでいい。俺の言動に照れるなまえに、先ほどの焦りのようなものはゆっくり消えていった。

ーーーなまえがだれかに取られてしまうことが怖くて、すぐにでも自分だけのものにして誰にも触れさせたくないと思う反面、幼馴染としてすぐそばにいるだけでいいと現状に満足しているところもある。まあ満足っていうか、幼馴染という立場に甘んじて、想いを告げることを避けている、とも言えるけど。
なまえは、よく自分をからかってくるけれど優しい幼馴染、として俺のことを捉えているみたいだ。俺の中で渦巻いているものに、気づく様子はない。
…いつか何かの拍子にたががはずれてしまうような気がしてならない。そんな予感は、日に日に強くなっている。俺は思わず苦笑いを浮かべ、繋いだ手にそっと力をこめた。

なまえのこの手は俺のもので、俺だけのものだ。
これだけは、譲るつもりはなかった。


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