「びっくりしたんだけど私」


適当な机にお弁当を広げ、二人向かい合って座るなり、秋は言った。
影山くんとのことか、とすぐに思い至って、卵焼きを口に運ぼうとしていた私は思わず動きを止めた。


「…うっ」
「びっくりしたんだけど私」
「だ、だよねぇ」


二回繰り返し、秋は私をじっと見つめてみせた。高校に入る前から仲の良かった秋だから、かえって言いづらいというのもあって、私は何も言わずにいたのだ(勘付かれたりはしてたけど)。いや実際日向が目の前で言っちゃったりしてたし、秋はすでに知ってたことだと思う。でもあえて先ほどのように言ってきたのは、いい加減話せということだろう。

七月のはじめ。
入学して三ヶ月が経ち、やっとクラスメイト達とも打ち解けてきたように思う今日この頃。でも席が一ヶ月隣だったというくらいの接点しかなかった影山くんとは、なぜか距離が縮まるのが特別早くて、今に至る。


「いずれこうなるとは思ってたけど、にしてもねぇ。千花、人見知りじゃなかったっけ?」
「いや、わりと人見知り…でもなんか、影山くんは違うかんじで」
「怖がってたよね?」
「はいそれはもう。…でもまあ、なんか気づいたらまわりの人と話せない分影山くんと喋るようになっててさ」
「あー…、まあ、なるほど」
「仲良くなりたいな、てのもあったし」


なんとなく納得したように秋が頷く。ちょうどそのとき、ちいさなiPhoneの通知音が私の耳にはいった。
秋にことわって見てみると。


「……っっ」
「どしたの、嬉しいのか怒ってんのかわからない顔してるけど。てか笑ってる?」
「影山くんからメール…」
「いいじゃん」
「いや、いまちょっと、き、きまずいというか」
「え、なんで。
…ふはっ、ていうか、向こうは全然きまずそうじゃないんだけど。なにこれ?」
「ん、これはバレー部のひと」


画面に大きく表示されているのは、バレー部員のあのとりわけ元気のいい人たちがなにやら変顔をしている写真だった。いつも二人は私(+影山くん)のことを遠巻きに眺めているから、直接話したことはあまりないけれど。
おそらくどこかで遭遇して、無理やりメールで送らされたのだろうと思う。秋はやたら面白そうにその写真を眺めていた。


ーーー昨日の昼休みに私は、最近すこし話せるようになった、菅原先輩と偶然出くわした。すると何やら困った顔で、「日向と影山が喧嘩したみたいなんだけど、影山から何か聞いてない?」なんて言われたのだ。そんなの私には初耳だった。正直にそう言うと菅原先輩は、あー影山はなぁ…と苦笑いしてみせた。そして私はその後、あの絆創膏はその喧嘩のときのものだったのでは、ということに気づいたのだ。
そういうわけで昨夜メールでそれとなくそのことを話題にしてみたら、影山くんには「原さんには関係ないことだと思ったから」と返された。それで私は、なんと言ったらいいかがわからなくなってしまった。


五時間目を終えてしばらくしてから、どうにかして私は影山くんを廊下のすみに連れ出した。若干戸惑ったような影山くんの瞳が、斜め上から私を捉える。


「どーしたんだ?」
「あ、あのさ。昨日のメールの話なんだけど」
「?昨日?」
「日向との。喧嘩のやつ」
「ああ、あれか」
「…………」


先ほどのメールやこの様子からして、やはり影山くんは昨日のやりとりを何とも思っていないようだった。…けど、私はそうじゃない。何かと浮かれてたせいで日向と影山くんがここ最近会話していないことに気づかなかった私も私だけれど、それでも、ちゃんと教えて欲しかったのだ。日向との喧嘩ということなら尚更。一度体育館で目にしたあのコンビが大きな喧嘩をした、ということはどちらもきっと受けたダメージは大きいだろう…バレーをよく知らない私でも、二人独特の雰囲気と、お互いへの強い信頼を感じたのだから。


「………私、関係なく、ないよ」


しばらくの沈黙のあと、私は俯いて、つぶやくようにそう言った。影山くんは何も言わない。私はどう思われるかがわからなくて、こわくてその顔を見られなかった。
そして突然予鈴が鳴った。
ぱっと顔を上げると、影山くんが、ちょうど何かを言おうとしていたところだった。しかし廊下の向こうから先生がこちらへ向かってきているのが見えて、私たちはとりあえず教室へと戻った。


それからは、呼び出しや課題集めなど何かと理由があって話ができないまま放課後を迎えて、しかも今日は、私の都合でだけれど影山くんと帰ることにはなってない。キレイにすれ違ってしまった気がして、放課後の教室で私は思わずため息をついた。


「…なんかなぁ」


…全然、力になれていない気がする。
私は影山くんとこういう関係になってからというもの、毎日いろんなことにどきどきさせられて、幸せだなぁ、なんて感じていた。でも私がそうしている間に、影山くんには日向との喧嘩というおおきな出来事があって、私はそれを全然知らなくて。
まだ付き合い始めて日が浅いということもあるかもしれない、でも頼ってもらえないのが歯痒い。影山くんの気持ちを、こんなに近い距離にいるのに、想像するだけしか出来ない。

窓の外を見てみれば、たしかに走るバレー部の姿はあるのに、日向と影山くんの騒ぎ声は聞こえて来なかった。ぎゅっと唇を噛み締め、カバンを手に取る。そして胸を締め付けられるような感覚を抱えながら、私は教室をあとにした。


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