「………」


ベッドの上にあぐらをかき、壁に背中を預けて、先ほどから、ぱかぱかとケータイを開いては閉じるのを繰り返している。指を動かしては止め、動かしては止める。


「…………」


俺は今、付き合い始めてから初めて、原さんに電話をかけようとしている。恋人に電話だなんて、ごく普通にすることなのだろうけれど、まず慣れてない。しかも内容が内容だから、どうしても躊躇う気持ちが生まれてしまう。
ゆっくりとケータイを開き、そっとボタンを押していく。…このままじゃ埒が明かない。やっぱりやめよう、と思ってしまう前に。そう思ってーーー

プルル…


「はいっ」
「はええっ」


1コールしかしていないのに、電話だとすこし違う、原さんの声がすぐに耳元で聞こえて。思わずそう言った俺に、原さんはちいさく笑い声をあげた。それを聞く限りいつものような感じだけれど…どうだろう。




ーーー今日、部活が終わってから、俺は菅原さんに呼びだされた。てっきりバレーの話だと思っていたら、その内容は原さんのことだった。

「影山お前なぁ、それはだめだって…」

その話の中で、今日の原さんとの廊下での原さんとのやり取りをすこし話してみたところ、俺はそう怒られてしまったのだった。

菅原さんは昨日、どこだったか原さんに出くわした時に、この間の俺と日向の話をしてぽかんとされてしまったらしい。そして、日向とのことについて俺が原さんに何も話していないことを知って、俺を呼びだしたのだそうだ。
部活であったことだし、日向ともわりと仲の良い原さんだからこそこの話をすれば妙な心配をかけてしまうだろう。だから、俺は何も言わないつもりでいました、と言うと、苦笑いを浮かべる菅原さんに、「すまん、俺が言っちゃって」と謝られた。しかし続けて、

「でもそういうのって、ちゃんと言ったほうがいいと思うんだけど…。まあさすがに全部とは言わないけどさ」
「ん…でもそんなこと、言う意味が」

ない、と続けようとした俺を、菅原さんは手で制し、そして。

「もしあの子が、誰かこう…仲の良い子と大喧嘩して一切口もきかなくなってるのに、自分の前では完全にいつも通りにされたらさ、どう思うよ?
しかもそのことを自分には全然話してくれてなかったとしたら、」
「え。腹立ちます」
「…それでもそのことを知った以上やっぱり心配で、声をかけてみたのに、特に説明もなくただ”きみには関係ないことだよ”って言われたら?」
「…………………」
「わかってくれたか…」

…そして全ては冒頭に戻るわけだ。
つまり簡単に言ってしまえば、俺は原さんに昨日今日のことを謝ろうと思い電話をしたのである。メールで、というのも考えたがやはりこういうのは直接言うべきかと思い直した。

ーーー私、関係なく、ないよ。

あのときは、どういう意味で言っているのかわからないままだったけれど、菅原さんからの軽い説教を受けた今、その言葉がどういう思いで紡がれたものなのかよくわかる。

しばらくの沈黙ののち、俺は覚悟を決め、口を開いた。


「…なぁ、原さん」
「なに?」
「……わ、るかった」
「!」


ぎこちなく告げた俺の謝罪の言葉に、電話の向こうで、原さんが驚いたのがわかった。目を丸くするその顔が思い浮かんで、こんなときだけれど思わずすこしだけ口元がゆるむ。
すこしだけ緊張がほぐれた気がして、俺はまた話し始めた。


「俺、わざわざ日向との話なんて、する意味ねぇと思ってて…。原さんには全然関係ないことだし、無駄に心配かけるのもあれだし」
「……え、なに…そ、そういう意味だったの?!」
「は?なにが?」


なにやら慌てた声にびっくりしていると、原さんは力なく笑って続けた。


「いやその。関係ないって言われたとき、なんかこう…お前じゃ全然頼りになんねぇ、みたいに言われた気がして。支えられてないなぁとか思って凹んで…凹んでたんだけど……」


徐々にちいさくなっていくその声に、今度は俺がびっくりさせられた。なんでそう思うのだ、とまず考えたけれど、菅原さんに言われたとおり俺は説明というか言葉が全然足りないのだろう。たぶん。自分ではまだよくわからないのだが、菅原さんの例え話を聞いてそう思った。
…そしてそのために原さんに勘違いをさせてしまったのなら、ちゃんと本当のことを伝えておかなければ。そう心を決め、俺はケータイを持ちなおした。


「原さん。俺、その、なんていうか」
「ん?」
「…だいぶ、助かってる。原さんといるとイライラとか、消えるし」
「…え」
「笑い声きいたりとか笑った顔とかみたりとかしてると、なんか全部どうでもよくなるし」
「……」
「だからちゃんと、支えにはなってる…と思う」


なんだか変な感じがするし、むず痒い感じがするけれど、俺はだいぶ正直にそう話してみた。のだが全く反応がない。しばらく、どうしようか迷いながら黙っていると、ふいに原さんは「ふ」と笑い声らしきものを発した。


「??」
「影山くんは、何なのかなぁ」
「は?」
「…嬉しいです。ちゃんと言ってくれてありがとう」


原さんの、すこしだけ照れたような、弾んだ声が耳に入った。謝ろうとしか考えてなかったからいままで何とも思わなかったけれど、電話越しに話をしていることや、ついさっき自分が言ったことについて、段々と頬に熱が集まっていくのを感じて。行き場のないはずかしさみたいなものが溢れてきたようで、とりあえずそばにあったバレーボールを掴み、ぐぐっと力をこめた。


…そしてしばらくしてから、また明日、と言って電話を切ったあとも。その熱はしばらく引きそうになかった。


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