影山くんからの、いたってシンプルな告白に対して、私がどう返事したのかは、正直いってよく覚えていない。

ただ、そこに至るまでにゆっくりとふくらんでいた、「もしかしたら私のことを好きでいてくれてるのかも」という期待が裏切られなかったのがどうしようもなく嬉しかったことは、覚えてる。でもそのときはほとんど余裕がなくて、影山くんの顔なんて全然見ていられなかった。…なんか私、あのとき、頷くことしか出来てなかった気がする。

いまだになんとなく、あれは夢だったんじゃないかななんて、私は内心思っていたりする。








ーーー朝。
寝ぼけ眼をこすりながら靴箱をのぞくと、途端に私の心臓が大きく跳ねた。そこにはスポーツバッグを肩に掛けている、いままさに上靴を履き替えた、というようすの影山くんがいたのだ。私がちいさくもらした「あ」という声に反応して、こちらを振り返る。こないだちょっと怪我したからとか言っていた、頬の絆創膏につい目がいった。


「!原さん」
「影山くん、」


絆創膏からそっと目を離し、ちゃんと影山くんのほうを見ると、私はなんだか一気に目が覚めてしまった。それはどうやら影山くんも同じのようで、眠そうだった顔は一転して、いつものきりっとした表情に変わった。


「えっと、おはよう」
「はよ。
…………っ、ふわぁぁぁ」
「っふ、あはは」


突然大きな欠伸。さっきちゃんと起きた顔になったのに、と思わず吹き出すと、影山くんはちょっとだけ不機嫌そうな目をしてこちらを見た。笑うなということらしい。そのむっとした顔からはちょっとだけ、気恥ずかしそうな表情がのぞいている。私は一生懸命、笑いそうになるのをこらえながら、靴を脱いだ。
そして自分のスペースに入れ、上靴を取り出そうとして、じーっとこちらに向いている視線に気づいた。そっと見れば思いきり目があってしまい、びくっと肩が揺れた。
そしてどうして見ているのか、と不思議に思っていたけれどすぐ、影山くんはもしかして私を待ってくれているのでは、ということに思い当たった。


「え」
「?」
「あっや、ううん。なんでもない…」


押し殺すように欠伸をしながら、靴箱に寄りかかり、じっとこちらの様子をうかがう影山くんを見て確信した。そしてすぐに、とくとくとすこしはやいリズムで鼓動が刻まれ始めた。
あわてて靴を履き替え近寄ると、影山くんはちらっとこちらを見てから歩き出した。隣に並んでみたけれどべつに何も言われないから、たぶん影山くんは最初からこのつもりだったのだろう。なんだか当たり前のように影山くんが私を待ってくれたこと、そしてこうして連れ立って教室に向かえていることがどうしようもなく嬉しくて、自然、私の頬はゆるむ。そのゆるんだ顔のまま影山くんのほうを見上げると、影山くんはふとこちらを見て、つぎの瞬間ばっと前に向き直った。


「…………」
「…………」


思わず俯く。なんだか今のでいろいろ伝わってしまって、私の顔にはぶわっと一気に熱が集まっていた。
影山くんは若干照れたような、なんともいえない表情を浮かべていた。もしかしたら私と同じ気持ちなのかも、とふと思う。隣を歩けていて嬉しいとか、彼氏彼女みたいだなとか、そういう気持ち。
こっそり横目でちらりと見ると、すこしだけ頬が赤いのがわかった。たぶん、私がなんとなく影山くんの表情から何かを察したことに気づいたのだろう。
平然とした顔で私のことを待ってたのに、と思うとなんだかおかしくなって、私はちょっとだけ笑ってしまった。


それからろくに会話もできないまま、ちらほら向けられる周りの視線なんて全く気にならない(そんな余裕がない)まま、私と影山くんはやがて教室についた。ここでも向けられる視線はあるけれど、影山くんは先に、堂々と教室に足を踏み入れる。
その後ろ姿にちょっときゅんとしてしまいながら、私もそのあとに続いた。




付き合い始めて約二週間目の朝。
まだ一日は始まったばかりだというのに、私の頬も心臓も、すでに限界を迎えてしまいそうになっている。


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