「あ!いたっ」
「おー。はよ」
「おはようっ」


原さんが、どこか緊張した面持ちでこちらにたたっと駆けて来た。そばまで来て、強張った表情で、今日はずっと応援しときます!と何故か敬語で言う。なんで俺よりも緊張してんだ、と思わず頬を緩めると、原さんもその自覚があったらしくちょっとおかしそうに笑った。

ついに迎えた大会当日。一回戦が始まるまでにまだすこし時間のある頃だった。烏野はシードということで、まだ時間にはそれなりにゆとりがある。
メールで、もうすぐ着く、と届いて。初めて来るところだと前に言っていたから、入り口のところまで出たらすぐに原さんはやって来た。

ーーーなんか、いつも通りだな。

この間突然学校の体育館に現れたときは、どうにも花火大会のときのことを意識してかぎくしゃくしてしまっていたのだけれど。
試合への緊張がその照れを上回っているというか、もう今はそれどころではないために、俺と原さんとの間にはかえっていつものような心地よい雰囲気が漂っていた。
二人連れ立って歩き出す。


「で、私どこで見てればいいんだったっけ…?」
「ああ。えーと、上にあがって…つーかあれだ、谷地さんといれば大丈夫」
「あ、仁花ちゃんと!」


原さんが何やら嬉しそうな顔をしたのを見て、内心ほっとした。どうやらあとは谷地さんに任せて心配はないようだ。


***


ぐっと広くて、漂う雰囲気から熱くて、びりびりとした緊張感に包まれた空間に、キュ、と音を立て足を踏み入れた。
今日、一度でも負けてしまえばそこで終わりだ。なんだかうずうずする。なんとなく、そばにいる日向も同じように感じているのがわかった。
アップを終え、列に並び、挨拶。
コーチや武田先生の話のお陰もあるのか気合いの入った顔つきで、それぞれにコートに入る。…そこでふと、ギャラリーのあの黒い垂れ幕のそばで、谷地さんの隣にいる原さんの姿を視界の端に捉えた。
まっすぐ目が合う。


「…っ頑張れ!」
「!」


この距離で、しかも他校の応援の声もすごい中で、原さんの声が俺に聞こえるはずもない。でも、ぱくぱくと口を動かしているのを見て、まるでそう言われたように感じた。
こくん、と軽く頷くと、原さんは隣の谷地さん同様緊張しきった顔で頷き返してくれた。


「…っし」


まずは初戦を突破しなくては。


***


扇南との試合で無事勝利を収め、ひと段落ついたあたりだった。原さんが、いままでに見たことのない興奮した面持ちで駆け寄ってきたのだ。慌ててとりあえず場所を移す。
原さんは余程慌てて走ってきたのかぜえはあ言いながらも、あっけに取られている俺に晴れやかな笑顔を向けてきた。


「お、お、お疲れ様…!」
「お、おう」
「試合、すごかった…!」
「…あす」


そして。ふいに原さんは何も言わなくなった。なんというか、何から言ったらいいかわからない、という顔をしている。急いでいるわけでもないから、タオルで汗を拭いながら、俺は次の言葉を黙って待った。
そのあいだに、谷地さんが後ろからぱたぱたやってきた。しかし何やら気を遣ったのか、にこっとこちらに笑顔を向けて向こうにいる部員たちのかたまりのほうへ向かっていった。
やがて原さんはゆっくり口を開いた。


「あの、私、バレー部の練習数回しか見たことなくて、でも試合はまたそれとは全然違って!なんかもうどきどきした!バレー全然わかんないけど…か、かっこよかった!すごく!!!」
「!!」


原さんのやたらきらきらした目を見る限り、恋人に言うそれというよりは純粋にプレーに対する言葉なのだと思う。でもそれがむしろ嬉しくて、俺は無意識のうちに口元をゆるめてしまっていた。つられたように原さんも笑う。

…次は、角川との試合。絶対勝とう、と改めて心に決めた。


ーーーいやいや、とりあえずまずは。
原さんのちょうど後ろのほうで、こちらを見てはにやにやしている部員たちのもとへどう戻るべきか、どうにか考えなくてはならない。
思わずため息をつきそうになりながらも、依然としてやたらきらきらした目で俺を見つめる原さんを見ていたら、何だか全部どうでもよくなりそうだった。


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