メールの内容も、たまにする電話も、以前とは何ら変わらない。影山くんは花火大会のことはとくに何も言わないし、私も何も言わないというか言えない。
あの日の帰りがどうだったのか、緊張しすぎていたためかよく覚えていないけれど、なんだか全部夢の中のことだったような気がしている。…だってあまりにも現実味がない。いや、花火大会に浴衣で、というところまではまだわかるのだけれど、でも。
でも。
花火を背景にして、暗くなってよく見えなくなった影山くんの顔が私に近づけられてきたことくらいまでを思い返すのでもう精一杯。そこまで考えて、毎回私の頭はショートしたみたいになって動きを止めてしまうのだ。
結局あれからは、影山くんが部活が毎日あるらしく特に一緒にどこかへということもなかったから、直接は会っていない。

そして、大会を4日後に控えた今日。あの日から初めて、私は影山くんに会う。



体育館の扉を開くなり、ばん、と大きな音を立てて、床に打ち付けられたバレーボールが跳ね上がったのを見た。その勢いの鋭さに、私は思わず目を見開いた。
そっと中を覗けば、タオルで汗を拭きながら、向こうをむいて肩で息をする影山くんの姿がまず目に入った。その横で、すぐに私に気づいた日向がぶんぶんとこちらに手を振ってきた。


「原さーん!」
「!!!!?」
「っふ、ははっ」


日向が声をあげるなり、影山くんは驚いた顔でこちらを勢いよく振り向いた。
なんだか、目を見開いて私を見るその様子は、驚きながらもどこか嬉しそうに見えなくもない。日向もそう思ったようで、


「お?嬉しいんですか影山くん?」
「!!っ、あぁ?!そんなんじゃねーっつの!」
「そんな照れんなよも〜。俺が呼んだんだって!感謝しろよ」
「お前は勝手になにをしてんだよ!!!」
「じゃあ嫌だったか?原さんが来るの!」
「……………………」
「ぐぎぎぎいいいたい!」


久しぶりに見た気がする、二人のやり取りに、半ば心配しつつもすごくほっとした。よかった。影山くんが合宿中のメールで言っていたのはどうやら本当のことだったらしい。頬を緩めて、外で待っていることを伝えようと改めて中を覗き込んだとき、体育館の隅にいる、一人の女の子の存在に気がついた。


「!?…こ、こんにちは?」
「あっ!ハイ!こんにちは!!!」


その子は、挙動不審にきょろきょろ周りを見たりして、びくつきながら私のそばへやってきた。日向と影山くんがぎゃあぎゃあやっているのを尻目に、私は女の子ーーー谷地仁花ちゃんと初めて会話をすることになった。



三十分ほど前のこと。
細かく震えるiPhoneを手にとって見てみれば、日向からメールだった。
[もうすぐ部活終わるから、来れば!てかこれから自主練だし全然来ても大丈夫!!]
なんというか日向らしい、ストレートで学校へわざわざいく手間のこととか何も考えてないんだろうなって文面だったけれど、それでも。日向と影山くんが元通りになったというのが実際にわかって、日向の気遣いが嬉しくて、そしてなにより、緊張はしてもやっぱり影山くんには会えるのなら会いたくて、気づけば体育館まで来てしまっていた。久々に来た制服がなんだか懐かしい。

…というようなことを、ところどころ都合良くはしょりながらかいつまんで説明すると、仁花ちゃんはははあと頷いてみせた。なんというか、どことなく身構えられている感じがする。


「あの…仁花ちゃん?そんなにかしこまらなくても、」
「いや、だって!まさか影山くんの彼女さんに会うことになるとは…!」
「え、あ、うん?」


仁花ちゃんはさっきからとりあえずそれを言っている。これで何度目だろう。…影山くんに彼女がいるというのがかなり意外だったのかもしれない。それはなんだかわからなくもない、私もずっとそれは思っていたことだし。そう思い至って、思わず笑ってしまった。
とにかくなんか面白い子だなあ、と思いながら二人で話していると、しばらくして体育館の片付けを終えて汗だくのTシャツから着替えたらしい二人が、こちらにやってきた。
仁花ちゃんも荷物を持っているし、二人もてくてくこちらへやって来たから、当然四人で帰ることになるものと思っていたら。


「じゃ、また明日な!谷地さん今日もありがとう!…朝遅れんなよ影山ぁ!」
「っせーよお前だよ!」
「ばいばい!」
「じゃあねー!
…ん?じゃあね?」


日向は勢いよくチャリに跨ってそのまま帰ってしまった。そして私が首を傾げていると、仁花ちゃんは仁花ちゃんで、「今日は車なんだ」と手を振って向こうへ行ってしまった。あれ?


「影山くんと二人?」
「?おう」
「…………そ、そう、なんだ」


私はたぶん早死にするんだろう、と思うくらいには心臓の脈打つ速度がはやい。なんだか付き合うようになる前に戻ったような気分だ。
私と影山くんは、校門を出て連れ立って歩き出した。
ーーーそりゃあ、会いたかったんだけれど。そりゃ直接こうして話したかったけれど。
隣から、お互いなかなか緊張しているのがすごく伝わってくる。


「…………」
「…………」


奇妙な沈黙が続いた後、「なあ」と影山くんが声を発した。


「原さん、今度のやつ、来るんだよな」
「え?…ああ、大会?うん。行くつもり、だけど」
「……そうか」
「?…も、もしかしてダメだった…?」
「え、いや全然。俺は来てくれたほうが嬉し………しい」
「……………そ、そか」


この異常なぎこちなさはなんだろうか。どことなくふわふわとして、お祭りに行く前よりはるかに会話の間が長い。…というか、なぜか隣を見れない。


「影山くん。あの、がんばってね」
「…あす。
ていうか原さん、なんで今日来たんだ?日向に呼ばれた、っていうのは…?」
「………いや、まあ、なんとなく…会えたらなぁとか思って」
「!…それは、って、ちょ、」
「!?っうわ」


ぐい、と突然腕を引かれた。一瞬花火大会のときのことが頭をよぎって、がちっと体が固まったけれど、どうやら影山くんは私が電柱に思い切りぶつかりそうなのを引っ張って止めてくれただけだったらしい。
影山くんはさすがに緊張も忘れたらしく、心配の色を浮かべて私の顔を覗き込んだ。


「なにやって…って、原さん顔赤ぇな!」
「えっなっ、っ、〜だっれのせいだと」
「?だれのせいって、」
「あ、っや」
「………!」


みるみるうちに、私たちの間の空気が先ほどのものに戻ってしまった。私が影山くんを確実に意識してしまっていることは、いまの発言でばれてしまっただろう。…穴があったら入りたい、そしてそのまま小一時間出て来たくない。
ああもう恥ずかしい、影山くんが何も言わなくなってしまったではないか。…もしかして引かれたかな。あんなこと恋人同士なら普通にするのに意識しすぎだろ、っていう風に。
歩きながら恐る恐るちらりと上を見てみれば、ばちりと視線がぶつかった。そして勢いよくお互いに目をそらす。

ーーーお互い様だった…

顔が赤いのも、この雰囲気が恥ずかしいけれど悪くないと思っているのも、たぶん会えて嬉しいと思っているのも。
なんとなくそう感じ取ってから、わずかに気が楽になって。私はとりあえず、ぎゅっと目をつぶった。
…お願いだから、どうかはやく頬の熱が引きますように。
こんな顔、何度も見られるわけにはいかない。


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