揺れ動くさんかく
気づかれたのかもしれない。
俺の、先輩への気持ちに。
そう思うようになったのは、つい最近のことだ。でもたぶん、というか絶対そうだと思う。
相沢先輩が、明らかに前と違うのだ。俺がそばへ寄っていったときの表情、メールの内容、たまに一緒に帰るときの話し方。本人は多分いつも通りを心掛けているのだろうが、完全に俺を意識しているのが伝わってくる。ひどくぎこちない。
もちろん俺に心当たりがないわけではない、でもこうなって俺として損があるわけではなかった。むしろ逆だ。可愛い後輩のままでいるよりはずっといいーー…
…そんなことをぼんやりと考えていられた、昨日の自分が、今の俺には恨めしくすらあった。
**
一週間で唯一部活のない日、月曜日。
今日も今日とて彼女の要望で、甘いスイーツを食べに、学生で賑わう可愛らしい雰囲気のカフェを訪れることになった。
そこに入るなり俺は、自分の目を疑った。
店の一番奥。ゆうがいる。
ゆうは甘いものが好きだ。それをふいに思い出して、やけに切ない気分になった。
一緒にいるあの3人はゆうの友達なのだろう。仲良さそうに何か話しては笑っていて、久々に見た笑顔にぐいっと体ごと引っ張っていかれそうな感覚がした。
「徹?」
「…、あ、ごめんごめん」
慌てて笑顔をつくって、不思議そうな顔でこちらを振り返る彼女のもとへ向かう。空いている席をもう見つけていたようだ。ゆうたちの席とは正反対の方向に向かっていることにほっとするような残念なような気分になりつつ一度だけそっと向こうを振り返る。…すると、ばっちりゆうと目があった。
ーーーなんで、いるんですか。
そんなふうに言われた気がして、思わず俺は立ち止まった。「徹、さっきから、どうかしたの?」という声が俺のそばへ近づいてくる。
そしてゆうの視線が、ゆっくりと俺の隣へと移った。
ーーーガタンッ、と音を立てて、ゆうは突然立ち上がった。テーブルにいた友人たちがみな驚いた顔でゆうを見たが、一度彼女らに何か言ったあとゆうはカバンを手にまっすぐに走り出した。
…目指しているのはおそらく店の出入り口。
つまりゆうは今、ここから逃げようとしている。
そう悟った途端、俺の体が自然と動いた。
「徹?!」
「…、ごめんっ」
「え?!ちょっと!」
我ながら最低だ。いくらなんでもこれはない。デートしに来て突然彼氏がどっか行くとか最悪すぎるだろう。しかも誰か他の女の子を追ってとか。いくら謝っても足りないと思う。
…でもいま、俺はゆうを捕まえなくちゃいけないのだ。ちゃんと話がしたい。ずっと考えないようにしてきたぶん、実際にゆうを見たら気持ちがはやるのをおさえられなかった。
そもそもゆうが忘れられなくて、それでも忘れよう忘れようとして付き合っていた、彼女だったから。…言い訳がましいけど。気に留めている余裕が、このときの俺にはなかった。
ゆうにあからさまに逃げられて、腹が立ったのもあったのかもしれない。
「待って、ゆう!」
「…?!なんでっ」
どうやら俺が追いかけてきたことには気づいていなかったらしい、びくりと肩を震わせ、ゆうは思わずといった様子でその足を止めた。
「やっと止まった。…って、うわっ」
「………………っっ」
約3ヶ月ぶりに見たゆうは両目からぼろぼろと大粒の涙を流していた。ここは歩道のど真ん中だ。とりあえずどこかに移動させようとその腕をおそるおそる取ると、ゆうは必死でその顔を隠しながらおとなしく従った。どこか悔しそうだ。…この顔を俺に見られたくなかったから、逃げたのか。
「先輩、わけ、わかんない、です…っ」
涙交じりのゆうの声。わけがわからないのはこっちだって同じだ、と言いたくなるのをこらえて、近くの公園に入った。
**
さっき、及川さんと相沢先輩が、二人で連れ立って歩いていくのを見た。信じたくなかったけど。
見慣れないブレザーだったものの、茶髪のあの髪型であれだけの長身となれば一人しかいない、あれは及川さんだ。そして相沢先輩のことを、俺が見間違うはずもない。
泣いている先輩と、それをなだめながら先を歩く及川さん。
まるで数年前に戻ったかのような距離感に見えて、俺はもう何も言えなかった。なぜ今日に限ってバレー用品の補充なんてことを思いついてしまったのかと、自分を責めるしかなかった。おとなしく家へ帰れば良かったのだ、バスに乗ったりなんかせずに。
…一体何が起きているのか、俺には訳がわからなかった。