雨音で呼吸を止めて

連日雨続きとなると、さすがに気分も下を向く。友達のうちの一人はテンションあがるーなんて言ってたけど、私はあんまり好きじゃない。
いつのまにか放課後になっていた。窓に寄りかかり、どんよりした空を見上げてぼんやりしていたら、ふと窓の外に知り合いの姿があるのを見つけた。

青い傘。長い足と斜め掛けのスポーツバッグ。

「…影山くん」

まるい頭は傘のせいで見えないけれど、あれは影山くんに違いない。
何かあったのか、今日はいつも部活が終わる時間より帰るのがはやいらしい。

(…あ、日向くん、かな)

駐輪場に向かっていく日向くんが途中で影山くんに気づいたらしく、二人は雨で傘をさしているのに何やらごちゃごちゃやり始めた。二つの傘がばしばしぶつかる。…あれ絶対びしょびしょになるって。
まさに高1男子、年下の男の子って感じがして、自然と頬がゆるんだのがわかった。実際にはひとつしか歳が違わないけれど。
そしてゆっくりと、その笑みは解けていく。

どうにもあれからずっと頭に引っかかっている、あの瞬間のことを思い返した。





テストの勉強、みてくれませんか。
前々から影山くんにはそう言われていて、一昨日ついに第一回目の勉強会をした。適当なファストフード店に入って、部活帰りのジャージ姿の影山くんと私は向かい合って座った。

「今日はとりあえず数学」
「…はい」
「ていうかやっぱり、勉強苦手なのは健在だったんだ?」
「何すかそれ。からかってるんすか」
「それは、まあ」

笑ってみせたら、影山くんはむすっとした表情を浮かべた。しかし私が教科書を開くと教えられる側だということを思い出したのか、改めて姿勢を正した。

…それが続いたのが大体20分くらい。気づいたら影山くんの瞳が細ーくなっていて、ちょっと待ってという私の声にはっとその目が大きくなった。明らかに慌てている。

「ねえ、眠い?」
「眠くないです」
「ほんと?」
「ほんとっす。全然眠くないです」
「うそつけー」
「………。眠いです」
「みたいだね」

私がにやにやしているからか、影山くんはきまり悪そうに視線を泳がせている。
にしてもまさか開始20分で寝そうになるとは。ほんと、やたらと好き嫌いがはっきりわかるというか、興味のあることにのみ全力というか…簡単に言えば自分に素直すぎるくらい素直だ。でも影山くんのこういうところは嫌いじゃないので、つい私は笑って許してしまった。なんだろう、先輩バカとかいうやつなのかもしれない。

そこからは時々私が起こしたりしながらも影山くんはわりと真面目に勉強をして、さすがに時間も時間だということになって勉強会はお開きということになった。予想以上に影山くんが頑張る。理由は絶対バレーにあるんだろうな、と思って私はこっそり笑った。

帰り道、影山くんが自然に隣を歩いた。いやそりゃ隣を歩くくらい普通かもしれないのだが、なんというか、本当に当たり前のようにそばにいる。その横顔がなんだか急に頼もしく見えた。

「相沢先輩」
「なに?」
「…あの、えっと。その、ひとつ聞きたいことがあります」
「ん、なに」

何気なく聞き返した私に、影山くんは一言。

「及川さんのことです」
「……!」

なぜいま、このタイミングで、それを言い出すのか。あの4月のはじめあたりのあの日以来、影山くんは徹先輩については、神経質なくらい全く何も言ってこなかったのに。何か理由でもあるのだろうかとびっくりして固まる私の目を、影山くんはまっすぐ見つめた。

「先輩はもう、及川さんのこと、好きじゃないんですよね」
「…う、ん」
「別れたんですよね?」
「…そうだよ?」

だからあのときメールしたんじゃん、とちょっとだけ笑って言ってみたものの、影山くんからは笑みも何も返っては来なかった。代わりに、強い、どこか熱っぽい視線が私の目を見つめる。
…本当に、どうしたのだろう。
何かあったとしか思えなかった。

「じゃあ、それならっ……」

影山くんの声が一瞬ぐらりと揺らいだ。そこで言葉を切ってから、影山くんはしばらく唇をぎゅっと引き結んで、何かをこらえるような様子を見せた。

「…。何でもないです」

何でもなくなんか、ない。そんな表情だった。どうすればいいかわからなくて、追及することもできなくて、なぜかすこしだけ胸が痛んだ。


ーーーずっと頭にある、あの影山くんの表情。
切れ長の綺麗な瞳が、ひどく切なげに私をじっと見つめていた。視線は熱を帯びていた。
自意識過剰だったなら、それに越したことはないのだが。

青い傘が見えなくなる。それと同時にちょっとだけ、私の胸が締めつけられるような感覚がした。


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