甘くない恋をしている

スポーツバッグに荷物をまとめ終え、立ち上がる。

「お疲れっす」
「おー、おつかれー」
「んん?影山俺らと帰んねーの?」
「あー…えっと今日は」

あれから一ヶ月ほどが経ち、この春、俺は烏野高校へ入学した。
そして俺は先輩のそばに、当たり前のようにいることが出来るようになった。正直に言えば、俺はすごくこの状況が嬉しい。もうあの人が同じ学校にいるわけでもないから、先輩と話している途中で妙な緊張を感じることもない。
そして明確な名前のない関係ではあるけれど、先輩に自分が必要とされていることが、誇らしくすらあった。

部室を出て階段をおりると、人影が見えた。ちょっと近づいて見れば案の定、それは相沢先輩。俺を見て、すこし嬉しそうに微笑んでみせる。小走りで近づいた。

「先輩、お疲れっす」
「うん、影山くんもー」
「…そんじゃ、かえります、か」
「だね」

相沢先輩と、いつ、と決めているわけではないけれど、帰ることもできるようになった。その日の放課後までに先輩からメールが来て、こうして待ち合わせる。…とはいえこれが2回目だし、べつにそうするのが習慣化しているわけでもないのだが。
どんどん背ぇ伸びんねー、とこちらを見上げて言う先輩に「先輩が縮んでるんじゃないすか」なんて返しながら歩き出すと、後ろでこそこそやっている数人の気配を感じた。先輩がぱんと俺の肩をはたいた途端、ヒソヒソと声が上がる。

「くっそぅぅ影山ぁ、いちゃいちゃしやがって…!」
「ん、ていうかなにあいつ彼女いんの…?」
「ノヤっさんあれ俺らと同じ学年じゃねぇか?!見たことある気ぃする!」
「ほんとか龍?!」
「か、影山ぁぁ!年上だと…!」

どうやらバレー部員たちが階段の上から覗きこんでいるらしい。…待ち合わせ場所を変えようかな、とふと思った。本当はここからそのまま帰路につくのが楽だけれど、先輩が待ちづらかったりしそうだ。てか俺がやり辛い。そう思って先輩を見たけれど、なんだか全く気にしていない様子だった。あのやりとりが聞こえてはいるはずなのに。なんだかそれはそれで…すこしくらいああいう冷やかしを気にして欲しかった、なんて何やら矛盾した気持ちになる。
ちょっと歩調が遅くなっていたようで、それに気づいた先輩がこちらを振り向いた。

「影山くん?どーかしたの」
「あ、いや。なんもないっす」
「そう?」

頷いてそっと隣に並べば、先輩はゆっくりと今日の出来事を話し始めた。隣の席の子と仲良くなったとか、お昼はあれを食べたとか、なんとも他愛ない内容だけれど、こんな話を俺にしてくれることに意味がある。中学までと、明らかに違うこの距離。ーーー相沢先輩といるとたまにちらつくあの後ろ姿がまた頭に浮かんで、慌てて追い出した。
そこで突然、ちょっとわくわくした表情の先輩が、俺の顔を覗きこんだ。

「ねえところでさ、部活どうなの?入部して数日経つわけだけどさ」
「んー。まあ…先輩たちはよくしてくれるし。日向はまだまだどヘタっすけどね」
「日向くんってあれだよね、オレンジのコだよね」
「それですそれです。そんで…」

先輩はすごく面白そうに俺の話をきく。それは前から変わらない。しばらくバレー部について話をしているうち、何気無く俺は言ってしまっていた。

「そういやこんど青葉城西と、練習試合するんです」

そして無意識に、先輩の様子を伺ってしまっていた。そこで気づく…いま俺は何気無く言ったんじゃない、あの人のことをちらつかせたときの先輩の反応が見たかったのだ。まだ相沢先輩の中に、あの人が残っているのかどうか確認したかったのだ。
無意識のうちにしたことではあるが、隠れていた自分の卑怯さを悟って、無神経なことを言ってしまったことも含めてすいません、と慌てて謝った。もし先輩が辛そうなカオをしていたら、と不安に思って見てみれば、先輩はやたらとさらっとした顔で俺を見返した。

「え、なんで謝んの?
…ていうか4強とやれるとかすごくない?頑張ってね!」

にっと笑ってそういう先輩に、少し戸惑う。
こういう場合、普通すこしくらい、動揺とか、焦りとか、そんなんが表れるじゃないのだろうか。あの人を想って苦しそうに泣く先輩のことは鮮明に覚えているし、なにより中学のときから二人の仲のことは人一倍よく見てきたからこそ、この反応は全く予想していなかった。
どうかあの人のことを忘れてくれてますように、なんてさっきは思っていたのに。いざこうなるとなんだかわけがわからない。

混乱した頭をどうすればいいかわからないまま。夕焼けの中、俺はただ先輩の隣を歩いた。
先輩は結局一度も、その笑顔を崩しはしなかった。




back
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -