バレー部は、ここ烏野高校の運動部の中でも、結構遅くまで活動している部活である。
私が、その部活が終わるのを、どきどきと高鳴る胸を抑えながら待っているのには、おおきな理由があった。


時計を見て、そろそろかな、と思い机に広げていた宿題をまとめてカバンに入れていく。窓の外は日が落ちて、もうだいぶ暗い。
がらんとした教室に、気づけば私1人になってしまっていた。さっきまで何人か友達がまわりにいて、喋ったりお菓子をわけてくれたりしていたのだけれど、もうみんな帰ってしまったのだ。




軽いリズムで駆けてくる足音が聞こえて、私は顔をあげた。靴箱の外に、ぼーっとしながら寄り掛かっていた私が慌てて姿勢を正すと同時に、その足音は私のそばで止まった。顔をあげればそこには月島くんのちょっとだけ、ほんのちょっとだけ慌てた顔があった。


「月島くん」
「…ちょっと、長引いて」
「あ、うん。大丈夫だよ。」


お疲れ様、と続ければ、月島くんの顔には徐々に呆れたような表情が浮かんでいった。


「なんで怒らないの…」
「え?」
「結構、待たせたと思うんだけど」


そうだっけ、と答えると、慌てて損したと呟くように言う月島くん。てか慌ててたから小走りで来たんだ、と私はすこしびっくりした。いつもさらりとした感じの、なんというかすごくドライな印象しかなかったから。




すっかり暗くなったあたりを見回しつつ、私と月島くんは校門を出て、坂を下りはじめた。こうして男子と二人で下校したことなんてない私だけれど、月島くんが私と同じような帰り道を通っているのは知っているし、一応クラスメイトだから話さない間柄じゃないし、目的を果たしたからといっていまさらばらばらに帰ることもないかな、と思う。
それに。


「月島くん…ほんとありがとう…」
「いやまあ、それはべつにいいけど」
「もう今月のお小遣い全然足りなくて。助かった…!」
「でも苗字サンが、そういうの聴くってなんか意外」
「うん、そうだとおもう!月島くんはなんかもう聴いてそうなオーラすごい」
「なにそれ」


私の好きな、このバンドの話が通じるのは、クラスで月島くんくらいなのである。(いやたぶん他にもいると思うのだけど、私の知る限りでは。)
今日月島くんを待っていたのは、いま私のカバンに大事にしまわれている、そのCDを借りるためだったのだ。ふとしたきっかけで月島くんもこのバンドの曲を聴いていることを知って、昨日勇気を振り絞りLINEを送ってみたところ、[明日の放課後、部活終わるまで待てるなら、CD貸せるけど]との返事。


「月島くん、ほかにもおすすめのバンドとか、ないの?」
「まああるにはあるけど」
「どんなの?」


そんなふうに夢中になって話し込んでいると、ふと月島くんがこちらを見た。正しくは見下ろした、と言うべきか。


「…きみさ、何にも疑問に思わないの」
「え、なにが?」
「……………」
「えっ」


じとっとした目で見られた。


「CD貸すから部活終わるまで待ってて、って…普通待たないデショ」
「え?!でも月島くんが」
「試しに言ってみたら即了解って何、きみばかだよね」
「…!!!?」
「まあそんだけCD借りたかったってことなんだろうけど」


若干小馬鹿にした雰囲気をまとい、さらりとそう言ってのけた月島くん。もともと月島くんのことをよく知っているわけではないから、余計に私は面食らってしまった。


「や、え、何か理由があったんじゃないの?放課後じゃなきゃだめ、みたいなのが」
「ばかでしょ」
「な、失礼な!」


憤慨する私を見て、くくくと笑ってみせる月島くん。靴箱で、いい人なんだなとか思ってしまった自分がもはやはずかしい。
私はどうにも腹立たしい気持ちになった。


「じゃあ、なんで」
「聞くんだ」
「聞くよ!」
「…帰りたかったから?」
「は?」


帰りたかったから、って、帰りたかったから?ん?なにが?私と?
言われた言葉の意味がわからなくて、ただただぽかんとしていると、月島くんはちょっとだけ笑みを含んだ目で私を見て、「だからさ」と続けた。


「苗字さんとちょっと一緒に帰ってみたかった、みたいな」


そんな意味深な言葉を残して、月島くんは突然歩くスピードをぐんと上げた。「それじゃね」とだけ言ってどんどん進んで行ってしまう背中を呆気にとられて見つめる。なんだなんだ、なんだったんだ。
そのとき、気のせいかもしれないけれど、色素の薄い髪の間からのぞいた耳が赤くなっているのが見えた気がして、私は思わず目を見開いた。しかし、すぐに月島くんは街灯の明かりの向こうへ行ってしまって、その姿は見えなくなる。


「……………?」


気づけばもうすぐそこが私の家で、いつの間にここまで辿り着いたのかと不思議に思った。月島くんと夢中になって話をしたり、…あとはさっきのようなことを言われたりしているうちに、気づけば着いてしまっていたようだ。
特別親しいわけでもなく、本当にただのクラスメイトという程度の間柄なのに、ぎこちない雰囲気になることもなかった帰り道のことを思い返した。そして先ほどの月島くんのせりふがふと蘇った。
何やらふわふわとした感覚に包まれる。なぜか火照る頬を、私はそっと両手で押さえた。



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