あと20分で授業が終わる、というところまではちゃんと覚えていた。先生が問題の解答をしていて、適当に当てられた人が黒板に板書をさせられていて。
その後ろ姿を眺めているうち、私はふいに強烈な眠気に襲われてしまった。







「〜〜〜、…っ?!」


背中に突然シャーペンの頭が当たった感覚がした。びっくりして思わず悲鳴をあげそうになり、授業中であることを思い出して慌てて口をつぐんだ。ぼんやりしている頭を振る。
私の後ろの席は確か…。


「や、山口く」
「苗字さん当てられてるよっ」
「えっっっ」


山口くんはひそひそと、でも慌てたように私に教えてくれた。
当てられてる、つまり板書しに行かなきゃいけない。時計を見れば授業はのこり10分ほどまできている。つまり私は10分間の間、爆睡してしまっていたのだ。
このクラスの数学教師はぼんやりと眠たそうな顔をしている割に、寝ている生徒に板書を当てて、慌ててまわりに起こされた生徒が何も書けないのを叱るという意地の悪いことをする。まあ私もこれまでは、寝ている方が悪いだろうと思っていたのだけれど、いざ自分が当てられるとそうも言っていられない。いやな早まり方をする、自分の鼓動の音が聞こえる。
どうしよう、と思いながら立ち上がったところで、私は後ろから山口くんにとんとんと軽く腕をたたかれた。


「苗字さん。俺のノート使う?」
「え?…いいの?!」
「だって、わかんないでしょ」
「う、うん、でも…。あ、ありがとうっ」
「うん」


声をひそめて会話をし、先生に悟られないようにこっそりノートを受け取る。山口くんの優しさに感激しつつ、急いで黒板のところへ向かった。他に二人当てられている生徒はすでに解答を半分くらい終えている。その二人の間にあるスペースに、私が当てられている問題の解答を書き写していった。







休み時間。私は席に座ったまま振り向いて、ぺこぺこと頭を下げた。


「命拾いしましたありがとう…」
「あはは、そんな大げさな」
「ううんもうほんと助かったよ」


山口くんのおかげで、私はみんなの前で恥をかかずに済んだのだ。振り向いて何度もお礼を言った。山口くんはちょっと笑いながら、大丈夫だって、と繰り返している。先日の席替えではじめて前後の席になって、全然山口くんがどんな人か知らなかったのだけれど、やさしい…。そんなことを私はしみじみ思った。


「こんど何かでお礼するね」
「や、そんなんいいって!
あー、まぁつぎ英語だし…そのとき助けてくれたら嬉しいかなぁ」


ついこの間山口くんが、英語苦手、と言っていたことを思い出した。


「うん、了解!わたし数学よりは英語出来るよ」
「ほんと?俺ほんと英語むりで…」
「任せて!」


にっと笑って胸を叩くと、山口くんはちょっとだけ目を見開いて私を見た。…心なしか頬が赤いような、そうでもないような。不思議に思っているうち、いつのまにか私はじっと山口くんを見つめてしまっていたみたいだった。なぜか焦り出す山口くん、それを見てなんとなく慌てる私。なんだかすこしぎこちない空気が流れる。


「…あ、あの私、これからも授業中、たまに頼っちゃうかも…」


そんな空気の中、躊躇いながらもそう言うと、山口くんは慌てながらもすぐに頷いてくれた。


「あっうん、それは全然。…てか、むしろどんどん頼ってくれていいから、」


そのほうが俺も嬉しいし。と続け、山口くんはちょっとだけ照れたように笑顔を見せた。良かった、迷惑じゃないんだ、くらいにしか思わなくて、そのときはほっとしていた私だけれど。

数ヶ月後、その言葉の本当の意味を知ることになるとは、夢にも思っていなかった。



prev next
back


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -