後ろから見てもわかるほど恐ろしいオーラを醸し出しつつ、自販機の前に立っている、なんだか久々な感じのする後ろ姿を見つけた。どす、と音がして、と不思議に思い近づいたところ、ガタンと一本自販機から飲み物が出てきたのが見えた。
…さっきのどすっという音は、ボタンを押す音だったらしい。


「相変わらず怖いね影山…」
「んぁ?…んだよ苗字か」
「もっと私の登場を喜べ」


近付き声をかければ、いちごオレを手に取った影山がこちらを振り返った。相変わらずでかい。160あるかないかの私と影山では身長差がものすごい。ちょっと圧倒されかけて、悔しくなってあえて私はずいと前へ進んだ。
いまは隣のクラスだが、じつは高校以前からの長いつきあいだから、もうほぼ遠慮のない関係。だからなのか、私と影山との間には、なんともいえない楽な空気感がある。それをなんだか懐かしく感じて、やっぱ話すの久々なんだなぁ、と改めて思った。
そして、そんなことを考えながらじっと見上げていて気づいたのだが、影山若干背が伸びた気がする。180あるくせにどんだけだ、まだ伸びたいのかこの男。ちょっとだけ腹立たしい気持ちになった。影山は私の目付きの変化に気づいたようで、なにかしたっけとでもいうように首を傾げた。


「で、お前何買うんだよ」
「ん?私?これ買いにきた」


影山の手にしているいちごオレを指差す。これこれ。私の大好きな飲み物。4時間目にふと飲みたくなって、それからずっと買いに来るのを楽しみにしていたのだ。そして影山のそばを通り過ぎ、その後ろにある自販機に足取り軽く近づくと、呼びとめられた。振り向くと、影山はなんだかへんな顔をしていた。


「?」
「…えーっと、たぶんそれ、売り切れだぞ」
「え?」


売り切れ。ともう一度影山は言った。売り切れ。ウリキレ。って、自販機に向き直ってちゃんと見てみれば確かに、いちごオレの下には[売切]の文字が点灯していた。
なんてことだ。売切、という言葉が私の頭の中でぐるぐるまわる。そして思いきり振り向いて非難の眼差しを向ければ、影山はうぐっと言葉を詰まらせた。

…それが最後のいちごオレか。


「影山クン」
「…んだよ」
「それ買い取ります」
「は?」
「ううんきみの奢りでいい。…私に頂戴!!」
「い嫌だっつの!これは俺がっ」
「だって私ずっと楽しみに…楽しみにぃっ」
「な、近づくなぁぁぁ」


影山が必死で私からいちごオレを遠ざけようとする。こういうときの俊敏さでは誰も私に敵うまい、と私は確信していたのだけれど、影山はバレー部の本領を発揮してすばやく私の手を避けていく。何度もかわされ、先程の身長差への苛立ちも合わせて、私はムカッして叫んだ。


「てかなんで、いっつも牛乳かヨーグルのくせに今日だけいちごオレ?!」
「あ?なんとなくだよ!そーゆーのあんだろ」
「なんとなくならちょうだいって!!」
「…苗字にやるのだけは嫌だ、腹立つから!!」
「腹立つってなに!」
「知るかボゲェ!」


道行く生徒たちからの奇妙な視線を浴びながら二人してぎゃあぎゃあやっていると、やがて掃除開始のチャイムが鳴った。影山がぐいっと腕を上に伸ばしているせいで、いまや私が届くのは不可能な高さにあるいちごオレを恨みがましく見つめながら、口を閉じる。影山はそうして悔しがる私の様子をしばらくじっと見つめ、そして突然くるりと方向を変えた。
自販機の前で立ち止まり、ゴトンと何かを買って帰ってくる。


「???…影山?」
「おら」


ぽいと渡されたものを見れば、ヨーグルだった。


「………?」
「いちごオレは諦めろ。これ奢るから」
「えっ!」


こんなやりかたで宥められてたまるか、私だっていちごオレ飲みたい、と思ったけれど、そう思うより先に、何かを奢ってもらえるということ自体が嬉しくて「いいの?!」と言ってしまっていた。…私の何よりも悪いところはこういうところだと自分で思う。
予想通りの反応だとばかりに、にやりと笑う影山に腹が立つ。…どうしても、こうつきあいがながくなってくると、影山が私のうまい扱い方を身につけていっているように思えてならない。


「でもわざわざ影山が奢るなんてね」
「そーしねぇとお前うるさいだろ」
「さけびかえしてた自分のこと棚に上げるんですか影山さん!?」


うるせーな今日はどうしてもこれが飲みたいんだよ、と影山は口を尖らせて言う。その表情はなんだかひとまわり幼く見え、私は思わず吹き出した。
笑ってんじゃねーよ、とすこし照れたように怒る影山が、ちょっとだけかわいいと思ってしまった。

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