ーーーバレーをしてる俺のことを、ちゃんと見て欲しかったから。

昨日の帰り。そういえばどうして試合を見に来るよう誘ってくれたの、となんとなく尋ねてみた。すると影山くんはちょっと気恥ずかしそうに、表情をこわばらせながらそう言ってそっぽを向いていた。
ずっとバレーがすべてで、きっとそれはこれからも変わらないから、原さんにはバレーをしてる俺のことは絶対知ってて欲しかった。…んだと思う、今思えばだけど。なんて続けられて、影山くんの気持ちがまっすぐ私に向いていることを再確認させられる。影山くんの隣を歩きながら、もう私はどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
…なんか思い出すだけで、その場で頭をかかえてじたばたしたくなってくる。片想いのころとはまた違うこの感覚には、当然ながらまだ全然慣れてない。





「原さーん!」
「!?…日向!」


振り向けば、廊下の向こうから、日向がだっだっとすごい速さでこちらへ走ってきていた。隣の秋がそれに対してびっくりしているのがわかる。突っ込んできた日向は続けた。


「影山と付き合いはじめたってほんとか?!!!」
「なっ」
「おれ見たよ!昨日あれから一緒に帰っんぐぐ」
「ちょ黙って、ね、日向おねがいおねがいおねがい」


廊下にいた数人の生徒が、思いっきりこちらを見ているのを感じる。秋の陰に隠れるようにしながら、日向の口元を押さこんだ。しゃがみこんで手を離すと日向は何回か私に謝って、ひそひそ声で私に「ほんとなの?」と尋ねてきた。こくりと頷いた途端、日向の顔が青くなりだす。そしてそのまま日向の動きが完全に止まってしまったので、そのタイミングで、秋に先に教室へ戻ってていいよと声をかけた。
しばらくして、日向はのどから絞り出すようにして、うぐぐと声を発した。


「な…なん…ぬ、抜かれた、影山に抜かれた…」
「え、そういう問題?」
「だっておれ…おれ……くぅぅ」
「悔しいんだ…」


二人して廊下のすみでひそひそ会話を続けていると、ひとつの足音が静かに私達の後ろで止まった。ふしぎに思って振り向く直前、日向が「ゲ」と変な声を出したのが耳にはいった。


「おい何してんだよ」
「か…影山!」
「え?!」


振り向けば、私がしゃがんでいるせいか、いつもの何倍も高いところからこちらへ注がれる強い視線があった。突然現れた影山くんにびっくりしていると、影山くんは私をじっと見つめたのち、静かに日向の頭をがしりと掴んだ。私と同じくしゃがんでいた状態から立ち上がらされた日向の口から、ぎゃっと悲鳴がもれる。


「いいいたぃぃいなんなんだよ影山!なんでこんなことすんだよ痛い!」
「あ?!理由なんてねーよ日向クソボゲッ」
「理不尽…!なんだよ、むしろ俺がお前を一発殴りたいのに!くっそぉぉ、ああああ」
「…は?何言ってんだお前?」


まあ影山くんからみたら、勝手に悔しがっている日向の様子は不思議でしかないだろう。しかし日向はそんな影山くんの様子にさらにイラっときたようだった。
立ち上がりながら、ああもしかして、といやな予感がしたその直後。


「とぼけてんじゃねーよカノジョできたくせに!シネ!」
「っちょっと日向ってばぁぁぁ」


叫んじゃだめって!と言えば、わっごめん!と素直に謝ってくる。この素直さが日向のすきなところだけど、今回ばかりはそんなこと考えていられない。今度こそ、周囲からの視線がこちらへしっかり向けられてしまった。これもう私どうしたら、と思って二人を見れば、なにやら焦った様子の影山くんが日向とぎゃーぎゃー騒いでいる。まわりの人たちからの好奇の目にたえられなくなって、私はこっそりその場を離れることを決めた。
そっと歩きだすと、あっおい、と影山くんの声が後ろで聞こえた。振り向くとこちらを見ている。そして日向を振り切って、足早にこちらへ近づいてきた。


「…部室の場所、わかるか?」
「え?部室?」
「部活終わんのは結構遅めだけど。放課後、あいてるなら、」
「………!!う、うん」


言わんとしていることがわかって、こくっと頷くと、影山くんはまた足早に私のそばを離れた。
とおくで日向の冷やかしの声を容赦無く悲鳴に変えているのが聞こえて、ちょっと笑ってしまった。




廊下を歩きながら、私はさっき一瞬見えた、若干頬をそめた影山くんの表情を思い出していた。好きだ、と言われたときのあの声がふと耳に蘇り、きゅうっと胸が締め付けられるような感覚がする。…これから、影山くんの隣で、高校生活を送るのだ。窓からぼんやり眺めていたあの頃からは、とてもじゃないけど考えられないことだった。
体育館で、真剣な眼差しでバレーをしていた影山くんの姿。他の人もなんだかものすごかったけど、でもやっぱり私の目は影山くんに吸い寄せられていた。汗だくで、でもめちゃくちゃ楽しそうで、バレーが大好きな影山くんのことを、私はすごく好きなのだな、と思った。…そしてあの後はなんだか烏野のバレー部自体にびっくりして、しばらく動けなかった。

影山くんはべつに、川衛さんのことは何も言わない。何かあったのはさすがに気づいているけど、でももう不安にはならなくていいってことはわかる。これから、私はもっとたくさんの影山くんを知ることができるのだろうから、それでいいと思うのだ。
ゆっくり知っていければいい。そして私は多分、影山くんをもっともっと好きになるんだろう。


「放課後か…」


…これからは一緒に帰ることも、当たり前になっていくのだろうか。
影山くんのことを思い浮かべながら、ふわふわとくすぐったい気持ちを抱えて歩く、私の足取りは軽かった。






fin.
カウントスリーで落下



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title:kara no kiss
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