日曜日、烏野高校第二体育館。そこで今日、バレー部の練習試合が行われる。
外はざあざあと雨が降っていた。
若干濡れた髪をタオルでどうにかしようとしつつ、校内を歩く。とっくに別のボックスに移して、暇さえあれば見返してみたりしているあの先週の影山くんからのメールのことを頭に浮かべて、どきどきと高鳴る胸にそっと耳をすませてみた。
ーーー今度、試合見にくるか?
ああ、私は影山くんから、お誘いを受けたのだ。そう思うともうなんだか、胸が苦しくなる位に嬉しくて嬉しくて。しかもその後のメールで、「試合のあとちょっと話がある」なんて送られてきた。…多少の期待をしてしまうのはどうか許して欲しい。
あの日の翌日、どんなに隠そうとしても綻んでしまう私の表情は当然のように秋にばれた。なんとなく言い出しづらくて川衛さんとのことや、その後の影山くんとのことはあまり秋に話してはいなかったけれど、どうやら何かしら察してくれてはいたらしい。よくわかんないけど元気そうになってよかった、と真顔で言われてなんだか私はすこし照れてしまった。
そして上の空で過ごすこと数日。影山くんとはいつものように接していたつもりだけれど、どうだろう?この浮ついた気持ちに気づかれてはいないだろうか。願わくは同じ気持ちでいてくれますようにと、私はただそれだけを思っていた。
そんなこんなで迎えた今日、私は早速心臓に悪い思いをすることになる。
「え、っか、川衛、さん…?!」
さっと物陰に隠れたからおそらくはばれていないと思うが、私はたしかに、前方に川衛さんの後ろ姿を確認した。私は体育館の入り口へと向かっていて、そして川衛さんも同じく。つまり?…そっと顔を出して見てみれば、扉を開けて入ってゆく姿が見えた。
「なんで…?」
どうして、ここにいるのだろう。バレー部では多分、川衛さんは影山くんしか知らない筈だ。ということは私と同じく誘われた?そんな考えが頭をよぎり、すこし変な気持ちになった。…後になって思えば、多少嫉妬したのだと思う。私だけが誘われたわけではなかったのか、と。
体育館の中ではアップが始まったようで、キュキュキュとシューズの擦れる音がきこえてくる。通路の向こうの小さな窓越しには空中を行き交うボールしかみえないが、あの中にもう影山くんもいるはず。早く行かなくては。そう思うのに体が動かなかった。
ーーー突然現れたやつなんかに、かっさらわれてたまるかっ
思い出したのはあの日の川衛さん。涙を流しながらそう叫んで走り去った。嵐みたいに。
あの川衛さんが、いる。
もう、影山くんのそばに、川衛さんが。
あのときは漠然とそう思っただけだったけれど、今回は実際にそうなのだ。
ーー帰ってしまおうか、仮病でも使って。謝罪のメールをあとから入れれば大丈夫なのではないか。そんな考えが浮かんでは消えた。言ってしまえばそのとき、私はそこから無性に、逃げたくて仕方なくなっていた。
…けれど、
私は結局、体育館へと歩を進めた。一歩一歩、くるりと背を向けて帰りたいという気持ちを抑えながら。これまではむりやり意識しないようにしていた川衛さんの存在が突然、大きなものになっている。大きくなった期待ほど、裏切られたときはきっと辛い。だからたぶんいま、私はすごく怖いのだと思う…話というのが、私の期待するものではなく、むしろ悲しいものだったら?川衛さんがいるということが、私のその根拠のない不安をどんどん大きくしていた。
「………。」
でも。私が、私よりずっと影山くんを知っている川衛さんのことで悩んで、思い上がった期待までして、距離を置こうとしたとき、影山くんはそれをわざわざやめさせてくれたではないか。私はあのときから、もう勝手に悩んで影山くんから逃げることだけはやめよう、と決めている。
だから私は最後には、雨音をものともせずにさまざまに音を響かせている体育館の扉を、そっと開いた。
ガラガラ、とちいさく音が鳴る。中に入るとそこには、すでにもう汗を流してボールを追っている選手たちがいた。圧倒され、私は一瞬言葉を失った。
そのとき。
ーーーキュッ。
烏野だけでなく他校の生徒たちがいて、足音を聞き分けることなんてまずできない。それでもひとつだけ、気のせいかもしれないが、遠くでシューズの音が不自然に止まった気がした。
す、とそちらへ目をやればコートの向こうでこちらを見つめる影山くんとばっちり目が合う。
「…かげやま、くん」
私に気づくのが、なんでそんなに早いのだ。ちょっとだけくすぐったいような気持ちがうまれた。思わず笑みを浮かべれば、影山くんの表情も心なしか緩んだような気がした。
そしてそのとき、視界の端にうつる川衛さんが、私に気づきわずかに体を動かしたのがわかった。
ブルー・コントロール
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kara no kiss